ゴスペルストーリー
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欲望という名の電車」( Streetcar Named Desire ) 

― パウロ アカギ カズヒコ ―

人の妻と姦淫する者、すなわち隣人の妻と姦淫する者は姦淫した男も女も共に必ず死刑に処せられる。
― レビ記 22:10 ―

― 「失楽園」は、四つ目の駅でした ―
  「欲望という名の電車」に乗って、今日までサラリーマン路線を走ってきたわたしは、今、61歳を超え六つ目の「極楽」という駅にやっと辿りついたところです。まもなく、サラリーマン生活を終え年金受給者になります。これまでのあゆみを振り返ると、恥かしいことだらけの罪人でした。四つ目の駅を過ぎたあたりで有職・有夫の高校女教師や人妻と肉欲関係に陥り、五つ目の駅で元大学教授夫人の女性実業家に走って「地獄」に墜ちました。そこからは、すでに離れているものの、まだ、言い表していなかった罪について「いつかは、あれも懺悔しなければ…」と躊躇っていました。赤裸々に女性遍歴を告白するには勇気がいります。いま、具体的にあかすと、相手の方たちにも大きな迷惑がかかってしまいます。また、わが家でも蜂の巣を突つく大騒ぎに発展すること明らかです。わたしの過去の不倫は、「地獄」(アンリ・バルビュス)の中に描かれた密通の個所に描かれた行動、欲求意思、心理描写とほとんど大差はありません。わたしには、まるで我がことの不倫記録としか思えませんでした。
  30才の主人公・僕は、平凡な田舎暮らし、平凡な恋人を捨ててパリに出てきました。そして部屋を借りた下宿旅館で、ひとときの欲望と憩いのために、さまざまな人間の出入りする安宿の壁の割れ目から隣室の様子が手にとるように覗けることを発見します。青年はその穴を通して、情痴と愛欲の地獄図、つまり人生の真実の姿を見ることに熱中するようになります。惨めな女中も独りになると、内面の輝きを見せる若い女性としてあられもない姿を見せます。幼い二人の恋人が恋の予感に心をふるわせます。互いに別々のものを求めていながら、肉欲だけで結びついている不倫の二人がいます。レスビアンたちも来ます。不倫の妻とその夫の冷えきった関係があります。病苦に犯されてひとり死んでいく老人がいます。その老人と結婚する年若い女のやさしさがあります。血みどろになって生まれてくる赤児がいます。そして、結局、孤独ないつももたざるものを欲望していく人間の「地獄」があります。
  光を渇仰しながらついに闇のなかにある人間の悲惨があばき出されます。快楽の空しさ、人間の宿命的な不幸、世界の不公平、戦争と階級のいつわり、宗教の偽善、人間の無、それらの観念が次々に実景をともなって描き出されています。これはペシズムの極みといってよいのです。最後には、覗き見をしていた青年は故郷に帰っていきます。物語は人間苦の肯定、悲惨なる人生への愛と主人公の思いを導いていきます。
  人間の仮面の裏にひそむ真実を現実の写実的表現をもって描き出そうとするなら、そうならざるをえないのかも知れません。しかし見ている者が、一個の眼にすぎないのならともかく生身の人間である以上、そのものは覗きの行為によって自らを汚れたものとして道徳的に退廃していきます。「地獄」の主人公・僕も、はじめは隣室の裸体に欲情し、街に出ては娼婦を買います。しかしやがて、そこに見えている肉体そのものではなく、その肉体のうちにひそむ人間の魂へと関心は向かいます。赤裸々な人間行為の底にひそむ惨めでしかも可憐な人間の存在に目をひらかれていくのです。「もしもわれわれから、われわれを苦しめているものをとりさったとしたら、あとには何が残るだろう」(あとには何も残りはしない。われわれの苦の中にこそ真実があるというのが中心主題でした。
  体験者のわたしが息を飲んだ密通は「…そうだ。彼女はいまじりじりと身をこがしながら、身体を折り曲げ、子供のように小さくなって、ここにいない遠くのだれかのほうに眼を走らせていたのだ。女はその面影の前に悄然と両肩をたらして、許しを乞うかのように眼をそむけながら、その面影から発散する神々しい光を掻き集めていた。そこにいない人、あざむかれながらおごそかに存在する人。辱められ、傷付けられながら支配する男、二人がいる場所以外はどこにでもいて、外の無限の空間を占め、その名を聞いただけでこの二人に首を垂れさせる男、二人を捕らえてはなさない男… 恥と不安があたかも闇であるかのように、二人の男女の上には夜が下りて来ていた。彼らは二人の抱擁をこっそりかくしに、あの世が息づいている墓場のなかへでも行くように、この部屋にやってきていたのだ。男は女を得たいだけの一念だけだ。女の方はこれまでの生活から抜け出したいの一念しかない。二人の願いは別ものだった。外形は結ばれていながらその実はばらばらだった。…」
  「…悪いことをしてやることです。退屈を罪で退治してやることです。習慣を断ち切るのには裏切りが一番です。生まれかわって、別人になり、人生がわたしを憎む以上に人生を憎んでやるのには、悪いことをしてやること、死なないためには悪事を働くことですわ!
  いつかの晩ホテルへ―はじめて―こっそりと泊まった時は、ドアがひとりでに開いてくれたようでしたの。わたしは反抗して、自分の運命を着物のように引き裂いてやったことを、自分に感謝していましたわ。ああそれからは!嘘のつきどおし― 時には苦しむこともありますが、考えて見ればなんでもありません。― 危ない思い、危険を冒すことがかえって刻々の時間に味わいをつけてくれます。いざこざが生活を複雑にしてくれますわ。あの部屋、あの隠れ場所、あの真っ暗な牢屋がわたしの太陽にはずみをつけてくれましたわ!」彼女の言葉を聞いて、僕は考えます。「神はいったいどこにいるのか。毎度のこの恐ろしい破局にどうして手を貸さないのだろう。こころから愛された人間が、ふいにか徐徐にかいずれにしても、憎まれる人間になるこの恐ろしい奇蹟でくいとめてはくれないのか。人間の夢が片っ端から喪の寂寥に消えてゆくのを― 肉体の花と開いた快楽が天にしたつばきのように、たちまちその身に落ちかかってくるこの悲哀を、神はどうして救ってくれないのか。…」
  「…またしても死ぬほどの衝動に、一片の肉魂のように肉にまつわりついた罪の力に捕らえられることだろう。そしてまたもや彼らの夢、彼らの亡霊は天がけって、別離をなげかせ、疑心の頭をもたげさせ、そして酷を美にし、汚物に香気をただよわせて、のろわれた卑しい局部を、さも神聖なもののように讃えて、瞬時のあいだそこにいっさいの慰めを置くことだろう。そしてまた、欲望に無限を求めた徒労をさとるとき、彼らはおおそれた錯覚に罰を喰うのだ。この光景の全貌を胸に収め得たこと、生きた真実はいままでの僕のおもいもおよばなかったほどうら悲しい、そして厳かなものだということがわかったことは、おそらく僕のただひとつの光栄となるだろう。」

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