ゴスペルストーリー
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欲望という名の電車」( Streetcar Named Desire ) 

― パウロ アカギ カズヒコ ―

その罪を隠す者は栄えることがない、
言い表してこれを離れる者は、あわれみをうける。  
― 箴言 8:21 ―

― 五つ目は「地獄」駅でした ―
  わたしが会社をクビになったのは52歳のときでした。元の生活を取戻そうと焦っていたとき、欲望に目が眩んで飛び降りた五つ目の駅は「地獄」でした。オーナー社長にたて突いた危険人物として宝石輸入商社から追放されたのをきっかけに、石油卸商社、財閥系自動車販売会社を転々としました。いったん滑れば、もはや元に状態に戻るのはなかなか困難と言われる現代の「滑り台社会」を欲望と自己過信から「極楽」と勘違いして「地獄」に逆さまに落ちました。55歳になったとき、金持ちの女性実業家との再婚話に飛びつきました。妻子を蹴散らして強引に向かった先は地方都市でした。ここで、無茶な騒動を繰広げ、孤独や幻想、現実の葛藤、状況誤認の悲劇、愛と暴力、美と酷、純と不純、罪と罰といったことをイヤというほど学ばされ、身もこころもズタズタになってしまいました。その結果、神の恵みをすべて失い底まで墜ちました。
 はじめに、夜逃げ同然で家出したわたしを迎えてくれたのは、彼女との離婚に同意したものの、依然として同居を解消しない前夫と彼女の二人でした。新しい生活は、他人の家庭を掻き乱す「三角関係」から始まりました。落ち着いた先は、彼の名義で取得した新築のマンションでした。わたしは、近く隣市に転居する予定の彼を表向き力で追放することはせず、友好裡に自然の流れで退去するように振舞いました。ところが、わたしの言動の背後にある略奪意図と欺瞞をはじめから感じ取っていた彼とは、些細なことでことあるごとに衝突しました。自己防衛に廻った彼は、プライドもメンツもかなぐり捨てて、わたしの逆追放に執着します。当たり前のことながら、敵対者にすんなり自分の妻を引き渡す訳がありません。夜も寝ないで「ここは立ち退かない。追い出すなら公園のベンチでムシロを被る!…」と哀願する夫に彼女も次第に同情を寄せるようになりました。前夫との同居を解消しないまま、二人の男を操る彼女に怒ったわたしは、彼女をぶん殴りました。自分の問題は何一つ解決できていないのに鬼や蛇のように思われ「サタン!」と叫ばれては、もう、お終いでした。
 わたしは、表向き彼女がスカウトしてきた事業パートナーと偽っていました。新居に単身赴任者としてわたしが住み、彼女は前夫の居る自宅に戻るという生活になりました。分別盛りの中高年の男性が、目の色を変えてひとりの女性の争奪戦を展開する「異常な三角関係」でした。職場に前夫がやってきて、わたしと火花が散ります。そのうち、わたしのマンションで、表向きの和解、友好な関係を装った呉舟同越の3人の夕食がはじまりました。情欲にかられたわたしは、どんなに装っても、羊の皮を身にまとった貪欲な狼です。もっというと、他人の家庭にツカツカと乗り込んできた「略奪者」です。しかし、競り合いに駆られると、生来の負けん気が頭をもたげ、敵をねじ伏せようとメラメラと執念を燃やします。夢見たパラダイスは、むなしいフアンタジーにすぎませんでした。現実はまさに阿鼻叫喚の地獄でした。欲望に駆り立てられ、ギラついた「肉欲の戦い」にのめり込んで地獄の生活が続きました。彼は深夜、わたしの住むマンションにやってきて「おい!出て来い!」と迫ります。オート・ロックの開錠を迫るインター・ホンの音、鬼のような形相の顔が頻繁に現れ、神経の尖ったわたしもノイローゼのようになり悲嘆にくれました。いったん止めていた酒を口にすると、もはや酒に溺れる生活から抜けることができませんでした。極度の緊張感のなかで三者三様に傷付け合い、歎き悲しみました。


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