ゴスペルストーリー


播 博
岡田哲夫

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一方的な主の恵み                          

   

岡田哲夫

予期せぬ出来事

昨年の9月下旬、よこはま星野富弘花の詩画展に向かう途中のことです。私は電車の中で脳梗塞のために倒れました。その日は千葉から会場に近い関内の駅に向かっていました。乗り換えのために横浜駅で降りましたが、ホームに着くとトラブルのために人でごった返していました。15分くらい待ったでしょうか、隣の桜木町までの電車がきたので、とりあえず乗り込みました。乗車したときはいつもと全く変わりありませんでした。が、突然、身体がねじれるような気がしました。必死になって、つり革や電車の柱を握りしめ、身体を支えようとしましたが駄目でした。ねじれがさらにひどくなり、次には身体が宙に浮く感じがしてきました。まわりもグルグル回りもう立っていられないと観念した時、ちょうど桜木町駅に着きました。乗客が降りて、前の座席があいたので、そこに倒れこみました。最後に降りかけた人が私に気がつき、駅員を呼んでくれました。担架に乗せられて運ばれましたが、ひどい状態でした。まっすぐ進むことは良いのですが、少しでも方向を曲げられると目が回り、気持ち悪くなるのです。曲がるたびに、何度も担架を止めてもらいました。救急車がきて、すぐに横浜の病院に運ばれたのが午前10時半頃でした。午後3時頃まで吐き続け、結局そのまま入院となりました。まったく予期せぬこと、自分の計画にないことでした。この時はまったく気がつきませんでしたが、私に対する神さまのご計画が、始まったのです。



喋れること、動けること

様々な検査の結果、脳梗塞でした。点滴を受けながら寝ている毎日。身体を起こすと目が回り、検査のために車椅子で移動するのも辛い状態でした。リハビリが始まり初めて立ったときは、頑張っても17秒しか持ちませんでした。脳梗塞の起きたところが小脳ということで、身体のバランスはひどいものでしたが、喋ること身体を動かすことに影響は出ませんでした。「良かったですね」との声もありましたが、脳梗塞で身体に支障がでて、長く苦しんでいる知人がいるので、「良かった」という気持ちにはなれませんでした。それよりは、こうして自分が「喋れて、動くこと」が出来るのはなぜだろう?どうしてだろう?と考えていました。退院してから、いつも通っているお医者さんのところに行き、病気のことを報告しました。横浜での入院と治療の経過を聞いたお医者さんは「間違いなく脳梗塞です、紙一重で危ない状況でしたよ」と私に言われました。その言葉を聞きながら、どうして、自分は「喋れて、動けるのだろう?」「こんなに早く退院できたのだろう?」との思いが、さらに強くなりました。



決心する、ということ

入院中、ピレモンへの手紙を読みました。短い手紙です。その中で印象に残ったのは、1節の「キリストの囚人であるパウロ」の言葉でした。テトスへの手紙では自分のことを「神のしもべ」と言っています。囚われた生活、様々な苦労をする中で、自分のことを「神の囚人」や「神のしもべ」とするパウロの信仰は凄いとつくづく思いました。何不自由なく世話してもらっていても、早く退院したくてたまらず、そのことばかり気にしている自分。もしパウロのような状況であったら、自分のことを、「神の囚人」や「神のしもべ」と言うことが出来るだろうか?と考えさせられました。パウロと自分の差はなんだろうと思うとき、主に従う気持ち「決心」が違うのではないか。自分の歩みを振り返り、主のされた事を思い、迷わず主に従う「決心」をする。そこではないかと思いました。主に従う「決心」する。自分にとり大切なことだと強く思いました。



静かな生活

入院した当初、脳梗塞なら年内に退院するのは無理だろうと人から言われて、びっくりしたのを憶えています。起きあがることが出来るようになっても、最初のリハビリでは、頑張っても17秒間しか立てませんでした。しかし、回復が進み、翌月の10月中旬には退院することが出来ました。お医者さんも、「脳梗塞ですが、回復がとても早いですね」と驚いていました。退院といっても普通に動くのはまだ無理でした。立つにも座るにも反射的に動かず、「立つ」「向きを変える」と頭で考えて、ゆっくりと動くようにしました。こんな調子ですから、10月末までは家で休むことにしました。入院していた時、テレビの画面や音が耐えられなかったこともあり、退院後も静かな生活を心がけました。睡眠時間をとることと、家で転んで頭を打たないように気をつけていました。遅くても夜10時前には眠るために、早く起きます。朝、暗いうちに起きて静かなところでゆっくりとする。その気持ち良さ、安らぎがとても気に入りました。神様のみことばを受けとめる準備の時であったと、今振り返るとそう思います。



気づき

私は、いのちのことば社というキリスト教の出版社に勤務しております。日々のディボーションは、自分の生活と職場とは別々にしていました。11月から仕事に復帰する時、ディボーションを並立して行うのは無理だと判断し、職場で使っている「リビングライフ」を家でも行うことにしました。11月10日の夜のことです。ふと東京の錦糸町にある東京オンヌリビジョン教会の集会に出たくなりました。教会が帰宅途中の錦糸町にあることやリビングライフを毎日使っていること、主任牧師の張(チャン)牧師をよく知っていること等が集会に出たくなった理由です。気軽に出席しましたが集会後の牧師夫婦との交わりを通して、思わぬ方向から自己中心について示されました。その思いは、日が経つにつれて大きくなりました。

数日後、今度は朝のみことばを通して、自己中心に歩んできたことを強く示されました。それは、「主よ。アッシリヤの王たちが、国々と、その国土とを廃墟としたのは事実です。U列王記19章17節」のみことばです。このみことばにより、かつてのアッシリヤの力、脅威を日常のことに置き換え、問題に自分の力で対応していることに気がつかされました。神様の導きがあると口では言っていながら、いざ、行動するときは「自分で判断し、決定し、実行して」いたのです。それまで自己中心は、わがまま等の悪い部分にあると思っていました。まさか自分が「善」と思っている考えや行動の中に「自己中心」があるとは全く気がつきませんでした。そして自己中心の次は「主の計画の確かさ」「主がどのような方か」をみことばから示されました。それはU列王記の「昔から、それをわたしがなし、大昔から、それをわたしが計画し、今、それを果たしたことを。(19:25)・・あなたがすわるのも、出て行くのも、入るのも、わたしは知っている。(19:27)万軍の主の熱心がこれをする。(19:31)」・・でした。このように、神様の事実は現実よりはるかに大きく確かなものであること、神様がいかに熱心に自分を愛しているかを、みことばによって知りました。現実ばかり見ていては、もう進むことは出来ない「限界」だと思いました。神様の計画、事実に目を向けること。自己中心など、自分を振り返り、歩みを正せるのは、聖書、みことばにしかないと思いました。それからは、自分の歩みをみことばに照らし合わせること、みことばと自分との関わりを強く意識するようになりました。



みことばは、私の道の光

みことばは、私の道の光です。やっと自分の歩みは聖書のみ言葉によらなければだめだ、と気がつかされました。全く予期しなかった病気を通し「神様とゆっくり過ごす、静かな時」「みことばと自分との関わりを確かめる時」に導かれました。すべてが神様の計画であったと思います。そして、みことばに生きることのすばらしさを、生活で証しすることが、自分が「喋れること動けること」の役目だと感じています。自分の感情に頼るのではなく、決して変わることのない聖書のみことばに立っていこうと決心しています。自分に聖書が与えられていることは、安心であり平安です。主の一方的な恵みに感謝します。



「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。

詩篇119:105」

 

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阿部守利