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浜島敏
神様からのメッセージ
-聖書は偉大なラブレター

浜島 敏著 イーグレープ刊


第三章 聖書を翻訳した人たち


ジョン・エリオットの翻訳 (マサチューセッツ語)

 一四九二年にコロンブスがアメリカ大陸を発見して、たくさんのヨーロッパの人たちが新大陸を目指してやって来ました。それらの土地を自分の土地にしてしまおうとする人たちもいましたが、アメリカに行けばヨーロッパよりもっと自由に神さまを礼拝できるのではないかと思って出かける人たちもいました。たくさんのイギリス人やフランス人が北アメリカに行きましたし、南アメリカにはスペインやポルトガルの人たちが行きました。
  これらの地域には、ずっと前から住んでいた人たちがいます。コロンブスはインドに着いたと思っていましたので、その人たちのことをインド人(インディアンとかインディオといいます)と呼んでしまいましたが、本当はインド人ではなくて、ずっと昔アジアから渡って来た人たちだったのです。彼らは、広い土地に別れ別れに長い間エリオットの聖書住んでいましたので、彼ら独特の言葉をもって話していました。
  アメリカにヨーロッパから移住が始まって、この先住の人たちにも神さまのことを伝えなければいけないと考える人たちも現われました。その一人がエリオットです。彼は、イギリスの生まれでしたが、彼らにイエスさまの話を伝えるために、アメリカに渡りました。その原住民が、白人にむりやり働かされたり、またいろいろな差別を受けるようになっているのを見て、それに反対しました。そして、原住民が本当に安心して住めるように、彼らといっしょになってがんばりました。もちろん、彼がアメリカに渡ったのは、神さまの話を伝えるのが第一の目的でしたから、原住民の言葉の一つであるマサチューセッツ語(アルゴンキン語ともニポマク語とも呼ばれています)に聖書を翻訳し、アメリカで出版しました。驚いたことに、これがアメリカで印刷された最初の聖書でした。それまでは、英語もふくめアメリカで使っていた聖書は、全部ヨーロッパで印刷したものを、アメリカまで持って来ていたのでした。英語の聖書がアメリカで印刷されたのは、もっと百年も後のことです。

十八世紀から十九世紀(今から二百年から三百年前)に、ヨーロッパやアメリカからたくさんの宣教師が東洋にイエスさまの救いを知らせにやって来ました。インドやミャンマー、タイなどの仏教を信じる人たちのところにもイエスさまの話が伝えられました。宣教師たちは一生懸命にその土地の言葉を勉強して、聖書を翻訳しました。ケアリーはインドの言葉に、ジャドソンはミャンマーの言葉に聖書を翻訳しました。ギュツラフは、タイの言葉に聖書を翻訳しました。

 

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