「まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。しかるに、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼はみずから懲らしめをうけて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。われわれはみな羊のように迷って、おのおの自分の道に向かっ行った。主はわれわれすべての者の不義を、彼の上におかれた。」(イザヤ書
53:4~6)
最近、人は心も身体も疲れています。特に心が病んでいます。自律神経失調症で悩んでいる人が増えています。何故でしょうか。その一つの原因は忙しすぎてストレスがかかるからです。それで自然に備わっているコントロールが正常に機能しなくなってしまったからでしょう。それでカウンセラーや、精神科のお医者さんにお世話になっているのではないでしょうか。
誰にでも自然のメカニズムにアンバランスが起こればそうなるでしょう。それで薬物依存症などにかかったり、娯楽で紛らわしているのかも知れません。ある人はそういう状態から癒されたいために時間を見つけては柔らかい日差しを浴びながら憩ったり、公園を散策したり、森林浴をしたり、野原で風の音を聞いたり、海を眺めて心を解放するのです。
クリスチャンは癒を求めて日曜毎に教会に行くのです。先ずは癒しの主である神に出会うために聖徒とともに礼拝します。讃美をします、み言葉を聞きます、祈ります、罪を告白します。赦し合います。そういう時間の中で神様からの平安を受けるのです。
黙想:あなたはどんなストレスがありますか。
賛美:賛美歌 298 「やすかれわが心よ」
祈り:主よ、心が疲れています。癒してください。アーメン。