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著者プロフィール


カルヴァンの生涯P


黒川知文

 

伝記の扱い方

特定の人物の伝記を書く場合、陥りやすいことがある。それは、その人物に伝記作者の感情が移入してしまい、欠点をみすごすことである。欠点があっても、それを意図的に無視することがよくある。イエス・キリストを除いて、すべての人は罪人である。どこかにおいて罪を犯したり、弱点が必ずある。また、本人はそのように意識していなくても、時代的背景から見て、現代の視点に立つと、問題となる言動が見受けられるものである。従って、伝記には、その人物の欠点や問題点も同時に書かれていなければ、リアリティーを欠くものとなる。個人崇拝の伝記は真の伝記ではない。  
例えば、宗教改革者のルッターは、同時に反ユダヤ的思想を持つ人物でもあった。最初はユダヤ人を尊重し、彼らがキリスト教に改宗することを希望していた。だが、それが困難であるとわかると、ユダヤ人の傲慢さを批判した書を著している。ルッターは、「中世に生きた人物」である。  
カルヴァンもまた、現代の視点から見て、いくつか非難されるべき欠点を持った人物であることを、まず述べておきたい。


神政政治

カルヴァンはジュネーブに帰還して、まず、教会法を作成した。それに基づき、牧師会、長老会を組織し、神学校を創設した。彼はこのようにして神政政治の基盤を築いた。神政政治とは、神権政治とも言い、Theocracyの訳である。この語は、「神の権力」の意であり、神による統治、人間の組織に対する神の支配をあらわす。  
政治権力者が宗教上の最高権威者と人格的に一致している形態、政治権力者がその権威を神から発するものとして権威づけ、被支配者に絶対的服従を矯正する体制、などの姿をとって歴史上現れる。  
西洋中世におけるローマ教皇が、神政政治を実施した。すなわち、神はペテロとその後継者である教皇に一切の支配権を与えたと考えられ、教皇にそむく皇帝や王は、破門・聖政務執行停止命令で脅かされた。教皇の認可のない世俗権力は、非合法の存在であった。  
カルヴァンは、世俗的な目的をもつ国家と、教会とを一応区別したが、国家の権力を神が与えたものとみなした。そして、国家は教会の指示と協力により聖書の理想を実現すべきであると考えていた。彼は、ジュネーブにおいて、このような神政政治を実現しようとしたのである。教会法を制定して、家庭・職業生活などの生活のすみずみにまで聖書の戒律に従うように命じた。さらに、長老会により、教会法にそむく者を国家の官吏に引き渡し、涜神のために死刑にあったり、享楽の罪のために重罪に課せられる者が多くでた。もちろん、カルヴァンは一方において、支配者が神の意志にそむくことを命じる場合、人民には抵抗権があることは認めていた。


カステリヨン事件の再考

ユダヤ系オーストリヤ人の評論家であるS・ツヴァイクに、『権力とたたかう良心』という書がある。(原題“Ein Gewissen gegen die gewalt”翻訳は『ツヴァイク全集』15 みすず書房 1963年)  この書はまさに、カルヴァンとカステリヨンとの紛争を、カステリヨンの立場になって書かれたものである。この書が書かれたのがナチス・ドイツの台頭した頃であり、ツヴァイクは、カルヴァンをヒトラーと同一視していた可能性もなくはないが、この書において、カルヴァンは「独裁者」と扱われている。  
しばらく、ツヴァイクの観点にたって、カステリヨン事件を再考してみる。  
「ついきのうまでカルヴァンを歓呼していた連中まで呻き声をたてはじめた。しかし独裁者の人格的な栄光を揺り動かすためには、眼にはっきりと見え、だれにも理解できるような原因がなければならない。」(同書91ページ)  
カステリヨンが翻訳した聖書をカルヴァンは批判した。これが、両者の最初の衝突であった。この点についてツヴァイクは、カルヴァンはみずからの近親者がすでに聖書をフランス語に翻訳していて、その序文を書いており、カステリヨンの翻訳に対して、なんと図々しいことではないかと思ったと述べている。さらに、カルヴァンの認可がなければ書物が出版できない状況に関しては、独裁政治につきものの検閲であると評している。(103ページ)  
第二の衝突である、カステリヨンの牧師試験落第。これは、彼が『雅歌』を聖書の正典とみなさなかったことと使徒信条のキリストのよみ下りを認めなかったことがその原因であったが、ツヴァイクは、カルヴァンの偏狭さにその原因はあったとしている。  
「カルヴァンはキリストを無慈悲で形式主義的な法律家と見、その福音を硬直して図式的な奉天だと考えていたが、カステリヨンの見るキリストはそれとちがっていた。彼がキリストのなかに見たものは最も人間的な人間、倫理的な模範であって、それぞれの人間は各人の流儀に従って、それも真理を知っているのは自分ひとりだけなどと主張することなく謙虚にキリストを見倣わなければならないと考えていた。」(112ページ)  
そして、両者の抗争の決定的事件となった牧師会におけるカステリヨンの非難に関して、ツヴァイクは、カルヴァンの反論しない態度を批判している。  
「カルヴァンは、道徳に関する論争を規律に関する訴訟にすりかえてしまって、カステリヨンを宗教評議会にではなく、世俗の権力のまえに呼びだしたのであった。…市参事会員たちはいやいやながら集った。」(114ページ)  
カルヴァンがカステリヨンを追い出したのは、カルヴァンの嫉妬によるものであった、というのが、ツヴァイクの結論である。そして、カルヴァンは、「策略家」「独裁権力」、カステリヨンは、「精神の自由」の具現者として描かれている。  
現在においてこのような事件が起きたらどうなるであろうか?日頃、上司により嫌がらせを受けていた者が、役員会にて上司を批判する。そしてもしも、この批判行為によって、上司がその者の退職を迫ったとすれば、それは不当な行為をみなされる。退職勧告を受けてもやめる必要はない。無視すればよい。退職勧告には、なんらかの法的効力はないからである。もしも解雇となれば、裁判に訴えるべきであろう。上司を批判して解雇されるなら誰でも解雇される。そのような職場ならどんどん批判したらよい。解雇が正当に認められるには、誰もが承諾できる理由がなければならない。上司に対する批判は、解雇の正当な理由にはなりえない。今日の法的立場から言うと、どうやらカルヴァンがカステリヨンに対してとった行為は、間違いであったと結論することができる。

 

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