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著者プロフィール


「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、
そして人の心に思い浮かんだことのないもの。
神を愛するものたちのために、神が備えてくださったものは、
みなそうである。」 コリントT 2:9

鈴木 由夫


聖書に「偶然と言う言葉はない」

1998年12月10日、ロスアンゼルス国際空港に降り立った目的は「会社の清算」でした。しかし、その前に最後のチャレンジとして、極めてギャンブル性の高い新規ビジネスに挑戦しようと心に決めていました。

 その足で、空港からレンタカーを手配しようと、レンタカー会社に行ったのですが、借りる段になり、なんと日本の免許証を携帯していませんでした。ロスでは国際免許証と日本の免許証の両方がないと貸してはくれません。しかもロスは公共交通機関が発達していませんので、車がなければ自由に行動することは難しい場所です。

 やむを得ず、車を持込みで運転してもらうアルバイトを探しに「リトル東京」向かいました。

しかし、この「事」が後に起きる「予想もできない事」の始まりであったのです。

リトル東京ではアルバイト探しに奔走しました。無料配布の日本語新聞に広告掲載されている何人かに電話をすると、一人の女性が快く承諾して、彼女は(Aさん)は早速ホテルに来てくれました。

 Aさんには様々な仕事の依頼をしました。Aさんだけでは出来ないことについてはAさんが友人に手配してくれることになり、それから3日間、Aさんのお陰でロスでの新規ビジネスの調査と、取引先の開発は予想以上に進みました。そして2日間程サンフランシスコに行こうとした時、Aさんはこう言いました。

「鈴木さん、サンフランシスコから帰ったら、またこの高いホテルに泊まりますか?もし良かったら私達が住んでいる所に来ませんか? 学生下宿のような所ですが、1泊2食付で20ドル(2.000円位)、安くて安全です。そして何よりも、経営している方が引退した牧師さんで、また素敵なご夫妻です」と。

 Aさんの「素晴らしい働き」に感謝していた私は、その申し出に喜んでお願いすることにしました。

サンフランシスコから帰った私はAさんの案内で、そこへ伺いました。それは「ベターリビングセンター」いう名称で、引退した日系2世の牧師夫妻が30人ほどの日本の留学生や働く人たちのためにと、安価に食事と部屋を提供されていました。

引退牧師のお名前は外間(ほかま)先生。一目で、先生も奥様もおだやかで誠実な方々であることがわかりました。挨拶や食事の合間のわずかな時間の中で外間先生に、もっといろんなお話を聞かせていただきたいと願うほどでした。しかし私は先生とゆっくり話をするヒマも余裕もありません。限られた時間の中でビジネスの可能性を探らなければならないからです。失敗すれば会社の倒産=自殺への道しか残されていませんから必死です。

でもこの下宿屋には素晴らしい人たちがたくさん住んでいました。住んでいる多くの人が、私が困っていることや、人手がないことを知ると、手弁当で手伝ってくれるのです。

そして帰国の、12月18日の朝。Aさんとベターリビングセンターの人たちの協力で不可能と思われたビジネスの準備が完了したのです。

感謝とお礼の挨拶も、そこそこに日本に戻った私は、最後の「ビジネス」に即挑戦しました。

その結果はすぐに出ました。      失敗です。   

最後の望みも絶たれ残された道は、もう自殺しかありません。

「年が明けたらアメリカに渡ろう。そこで自殺を敢行する」と覚悟しました。

その年末年始は、本当に絶望の中で過ごしました。ただ死に行くことだけを考えていたのですから・・・。

年が明け、誰にも告げず1月の5日に出発する準備を密かにすすめていました。1月4日、携帯電話に「通知不可能」の着信があり、思わず出ると相手はあのAさんでした。

「鈴木さん、明けましておめでとう」と。そして

「今度はいつ来るの?」と聞かれたので、思わず「明日出発」と答えてしまったのです。

Aさんは「じゃあベターリビングに来ますよね。」と言われ思わず「行くよ」と答えてしまったのです。

今回はアメリカに行っても、Aさん達に会たりベターリビングセンターに行く考えはありませんでした。なぜなら「素晴らしい人・お世話になった人達」に迷惑だけは掛けたくなかったからです。

でもこうして、またあのベターリビングセンターに行くことになってしまったのです。

1月5日。ロスアンゼルス空港出口ゲートにAさんは迎えに来てくれていました。

ベターリビングセンターに着いた私を外間先生は暖かく出迎えてくださいました。

先生が食堂で私に、いろんな話をしていただいた中にこんな話がありました。

「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、

そして人の心に思い浮かんだことのないもの。

 神を愛するものたちのために、神が備えてくださったものは、

 みなそうである。」 コリントT 2:9

「これは、神学校での私の卒業論文のテーマでした。」と。

まさかこの言葉が、この直後、私の身に現実に起きるとは考えてもいませんでした。

あくる日の朝食後、外間先生の奥様が私にこう言われました。

「鈴木さん。もし時間があればこの本を読んでみない?」

私は喜んで、その本をお借りしました。

その本の題名は「地獄の虹」

サブタイトルには「死刑囚から牧師に」と書かれていました。

内容は第2次大戦直後、学生だった主人公がサイパン島で志願してゲリラとなり、上官の命令で2名の民間人を殺害した刑で死刑囚になった後、刑務所でクリスチャンとなりアメリカ大統領の恩赦で放免され日本に帰り牧師になると言うものです。

その本を感動の中、一気に読みました。そして、その中にある言葉に、なぜか涙が止まりませんでした。それは元死刑囚の次の言葉です。

「聖書に偶然と言う言葉はありません」と。

なぜ涙が出たのか分かりません。でも涙で文字が読み進めないほどでした。

その本を奥様に返した時、奥様がこう言われました。

「鈴木さん。明日出かけるんでしたよね。でももう暫くここに泊まっていかない?」

「どうしてですか?」

「明日、この本の主人公の人がここに来られるんですよ。」

この言葉にはビックリしました。こんなに感動して読んだ本の主人公がアメリカの「1泊2食付き20ドル」の安宿に来る!正直驚きました。

その時の私はたった一つを除いて目的とすることはありません。そしてそれは明後日の実行を予定していました。でもどうせ死ぬなら1日や2日遅くなったとしても結果は変わりません。そこで奥様に「是非、主人公の方をご紹介ください」とお願いしました。

 

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