クリスチャンビジネスマンへの朗報
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>> 『参考文献』
〜信仰による労働の変革〜

アガペコミュニティーチャーチ 門谷 ユ一


著者プロフィール

 

目次

T.本小冊子の前提 

1.人間と労働及び信仰との関係
  本小冊子における「人間」と「労働及び信仰」との関係についての基本的な考え方は以下の通りである。
  私たちは聖書の御言葉に、「その後、神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで、人は、生きものとなった。」(創世記2:7)とあるように、自分達の先祖であるアダムが、内には神と交わるための霊を持ち、外には物質的世界と接触する体を持つ生きた人間として造られたこと、即ち「人間」は「神」と「外界の物質的世界」との間に位置し、霊と体を持つ存在であることを知る。従って私たちが労働と信仰について議論しようとする時、人間に関与する物質面と肉体面と霊的面の三つの面における相互関係を良く知らなければならない。
  私たちが信仰について論ずる場合には、神と人間との関係を中心にして考えれば良く、必ずしも人間を取りまく外界の家庭・職場・社会などの物質的世界のこと迄踏み込む必要はない。又、私たちが労働について論ずる場合には、人間と外界の家庭・職場・社会などの物質的世界との関係を中心にして考えれば良く、必ずしも神のこと迄踏み込む必要はない。しかし、私たちが労働と信仰との両方に係わることについて論じようとする場合には、少なくとも神と人間との関係及び人間と外界の家庭・職場・社会などの物質的世界との関係という二つの関係を同時に考慮しなければならない。更に神と人間と外界の家庭・職場・社会などの物質的世界の三つについての、相互一体的な関係(霊的面+肉体面+物質面)にまで踏み込むことが望ましい。

2.外界の物質的世界の見方 
  労働のことを議論する場合、外界の家庭・職場・社会などの物質的世界をどのように見るかが重要である。聖書が「肉」と呼んで排除したのは、外界の家庭・職場・社会などの物質的世界のことではなく、生まれつきのままの人間の自己中心的な古い性質のことを指すこと、また「この世」というのも、目で見手でさわることのできる物質的世界のことを意味するわけではなく、神以外のものを主とし結局はサタンに仕えることになる原理のことを指すことを覚えたい。この世の物や富などの物質的なものは神からの贈り物であり、私たちが楽しむために与えられているということ、そしてこの世の物や富で問題になるのは量や額ではなく、それを得る方法と用途、さらに物や富に対する心的態度であるということを覚えたい。神はこの世の全ての支配者であられ、この世を含めて全てを統治しておられることをきちんと認識する必要がある。この点については次のいくつかの聖書の御言葉からも伺うことができる。「森のすべての獣は、わたしのもの、千の丘の家畜らも。わたしは、山の鳥も残らず知っている。野に群がるものもわたしのものだ。わたしはたとい飢えても、あなたに告げない。世界とそれに満ちるものはわたしのものだから。」(詩篇50:10〜12)、「だれがわたしにささげたのか、わたしが報いなければならないほどに。天の下にあるものはみな、わたしのものだ。」(ヨブ記41:11)、「地とそれに満ちているもの、世界とその中に住むものは主のものである。」(詩篇24:1)、「主よ。あなたのみわざはなんと多いことでしょう。あなたは、それらをみな、知恵をもって造っておられます。地はあなたの造られたもので満ちています。」(詩篇104:24)、その他、ハガイ2:8、詩篇89:11。これらの御言葉に従い、本小冊子においては、外界の物質的世界それ自体は良いものであるとの前提に立って、議論を進めることとする。
  又、外界の物質的世界の様相は、家庭・職場・社会などの各々の領域によって大きく異なるのみならず、各々の領域内における場所、対象とするケース、対象とする内容、等によっても異なる。又、国や地方、対象とする産業の種類、等によっても大幅に異なる。従って、本来は個々の物質的世界について議論を進めなければならないものと思われる。しかし小冊子において個々の物質的世界を扱うのは、内容的に、又紙面的制約からも困難と思われるため、多くの場合にかかわると思われる共通的・原則的な観点から、議論を進めることとする。

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