クリスチャンビジネスマンへの朗報
働くことに喜びがありますか?    
>> 『参考文献』
〜信仰による労働の変革〜

アガペコミュニティーチャーチ 門谷 ユ一


著者プロフィール

  
目次


V.神から離れた労働の姿

1.一般恩恵について 
  人間が堕落しているにもかかわらず神の一方的なあわれみにより、不相応な祝福が自然をとおして全ての人類に与えられる、また聖霊の働きにより罪が抑制され、秩序と市民社会の公義が維持され文化、科学、芸術等が促進される。これは一般恩恵と呼ばれるものである。経済社会との関連においては、後者が特に重要である。経済社会において、このような一般恩恵は、まず経済社会の倫理的基礎としての商習慣・商道徳に現われる[7]。この一般恩恵による恵みは、教会にたいしても、又罪の元にあり本来棄てられた、受ける資格の少しもない、選ばれてもいない、この世の人々にたいしても、等しく神によって提供されている[20]。
  神はこの世を悪に委ねきってはおられない。悪が存在するにもかかわらず、神はその被造世界のあらゆるところに存在しておられ、世界の存在と活動を支えておられる。このことは次の幾つかの御言葉からも伺うことができる、「また、何かに不自由なことでもあるかのように、人の手によって仕えられる必要はありません。神は、すべての人に、いのちと息と万物とをお与えになった方だからです。神は、ひとりの人からすべての国の人々を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、その住まいの境界とをお定めになりました。これは、神を求めさせるためであって、もし探り求めることでもあるなら、神を見いだすこともあるのです。確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。あなたがたのある詩人たちも、「私たちもまたその子孫である。」と言ったとおりです。」(使徒17:25〜28)、「御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。」(ヘブル1:3)、その他、コロサイ1:17[8]。
  教会もなくキリスト教徒もいないような所にも、善はなお存在する。神は良心を通して、また、政府や家庭という神が立てられた機関を通しても、働いておられる。そして世界の存在と活動を支えておられる。これは神の良い影響は、なんらかの形ですべての人間に及ぶということであり[8]、この世の世俗的なものの上にも、キリスト教徒でない人々の上にも、神の主権、導き、恵みは及ぶということでもある[7]。
  神が罪のもとにある労働に相対的ではあるが、ある制限を加えられた。すなわち、労働が一般恩恵の働きをうけた。労働のもたらす人生の悲惨を神は恵みを持って慰められた。しかし、この一般恩恵による神の庇護と罪の抑制とは罪人には逆反応して、神に感謝せず、神をあがめず、結果として自己の罪を明確にする。一般恩恵のもとにある労働は、自己の罪を知り、神の恵みを知らしめる。滅びの民にとっては、恵みは呪いの確証を与えるが、選びの民にとっては、労働の呪いの中に一般恩恵の慰めを理解し、神の賛美へと向かう[6]。U歴代誌の御言葉「今、私は才知に恵まれた熟練工、職人の長フラムを遣わします。彼はダンの娘たちのうちのひとりの女から生まれた者であり、彼の父はツロの人です。彼は、あなたの熟練工と、あなたの父、私の主ダビデの熟練工とともに、金、銀、青銅、鉄、石材、木材の細工を心得、紫、青、白亜麻布、紅などの製造を心得、彼にゆだねられたあらゆる種類の彫り物を刻み、彼の創案に任されたすべてのものを巧みに設計することのできる男です。」(U歴代誌2:13〜14)により、この神殿づくりの労働に、特別な賜物を持つ異邦人が備えられたのをみる。これは一般恩恵のもとにある労働の典型的な例である[6]。
  神は又、生まれつきの人間に、ある種の文化的使命を果たすことができるように一般的能力を賦与される。一般恩恵における神の影響力を、キリスト教徒でない者たちの内に聖霊が、知的能力、機械的技術、美術的才能、科学、言語、音楽、その他の一般文化における諸能力を賦与している点に見ることができる。再生した者だけがこれらのものを独占するということはない。
  以上一般恩恵について述べたが、この一般恩恵の効果は現状を維持するのみであり、決して現状を創造の初めに回復させるものではないことを、明確に覚える必要がある。

このページのトップ

Copyright (C) 2004 e-grape Co.LTD. All Rights Reserved.