クリスチャンビジネスマンへの朗報
働くことに喜びがありますか?    
>> 『参考文献』
〜信仰による労働の変革〜

アガペコミュニティーチャーチ 門谷 ユ一


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目次


V.神から離れた労働の姿

5.労働はどのような結果になったか

(1)人間のうちに神のかたちが明確であった時には喜々として服従していた自然が、いのちの息が絶えて威厳と力を失った人間の支配に反逆し、地はいばらとあざみを生じさせた、「土地は、あなたのために、いばらとあざみを生えさせ、あなたは、野の草を食べなければならない。」(創世記3:18)。収穫を求める人間の努力には必ず、好ましくない副産物が伴うこととなった[10]。

(2)創世記3章7節の御言葉にイチジクの葉をつづり合わせて自分達の腰のおおいを作ったとある、「このようにして、ふたりの目は開かれ、それで彼らは自分たちが裸であることを知った。そこで、彼らは、いちじくの葉をつづり合わせて、自分たちの腰のおおいを作った。」。これは人間の初めての労働であるが、人間の自分で自分を改善しようとする努力はアットいう間にダメになるということの象徴である。

(3)創世記27章39〜40節の御言葉に「父イサクは答えて彼に言った。「見よ。おまえの住む所では、地は肥えることなく、上から天の露もない。おまえはおのれの剣によって生き、おまえの弟に仕えることになる。おまえが奮い立つならば、おまえは彼のくびきを自分の首から解き捨てるであろう。」」とあり、神を信じない人間の労働は祝福されないことが分かる。

(4)人間が労働の主体であるよりも、客体として扱われるようになった[4]、即ち非人道的な労働になった[11]。労働は苦しみや苦痛に満ちた喜びが無いもの、疲れさせるもの、失望させるもの、非常に苦しく、ハードで困難なもの、単調なものとなった[4]。

(5)一般恩恵の枠内での恵みしか受けられないようになった。

(6)労働は低い生産性、低い効率、低い創造性で我慢しなければならなくなった。

(7)人間は、努力しなければならない状態、そうしなければ滅んでいく状態、即ち豊かに与えられないから・無限に与えられないから競争する状態となった。そして人間の努力によって生産性を上げようとし、効率を上げようとした。その結果競争が高くなり、企業ができ、組織ができ、人間関係は利害関係の中に埋没するようになった。

(8)人類の生活を便利にした多くの製品と土地開発は、逆に大気汚染、海洋汚染、環境ホルモン問題など、数多くの環境問題を引き起こし、人類の生活を脅かすものとなった。世界を管理するという神の人間への御旨からそれ、誤った方向へ向かって行った。

(9)労働は偶像となった。その結果を次の御言葉にみることができる、「私は事業を拡張し、邸宅を建て、ぶどう畑を設け、庭と園を造り、そこにあらゆる種類の果樹を植えた。木の茂った森を潤すために池も造った。私は男女の奴隷を得た。私には家で生まれた奴隷があった。私には、私より先にエルサレムにいただれよりも多くの牛や羊もあった。―――実に私の心はどんな労苦をも喜んだ。これが、私のすべての労苦による私の受ける分であった。しかし、私が手がけたあらゆる事業と、そのために私が骨折った労苦とを振り返ってみると、なんと、すべてがむなしいことよ。風を追うようなものだ。日の下には何一つ益になるものはない。」(伝道者の書2:4〜11)、「金銭を愛する者は金銭に満足しない。富を愛する者は収益に満足しない。これもまた、むなしい。」(伝道者の書5:10)



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