クリスチャンビジネスマンへの朗報
働くことに喜びがありますか?    
>> 『参考文献』
〜信仰による労働の変革〜

アガペコミュニティーチャーチ 門谷 ユ一


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目次


W.信仰による労働の変革

5.信仰は労働にどのような形で働くのか B 

・労働に対する聖霊の働き           
以上の人間の構成と人間に対する聖霊の働きとを踏まえて、聖霊は具体的にどのように労働に係わるのかを以下に見て行く。労働に対する一般的な霊的行動のパタンは、図1において 神 → 霊 →? 魂 →? 体 → 家庭・職場・社会 のように表わすことができよう。聖霊は、第U章4節の“労働をどのように行うべきか”の部分で述べたことに加え、以下に述べる働きを行う。

実体論的な労働に対する聖霊の働き(義認、救いにおける聖霊の働き)
(a) 聖霊による新生は、人間の魂(知性、感情、意志)を、罪を愛することから神を愛することに変え、神に反抗してではなく神のために用いられるように方向を変える。霊の新生が魂、即ち知・情・意に働き、この魂の活性化が素晴らしい労働に結びつく。労働における霊性は労働の内容ではなく働き人の霊性に依存する[4]と言われている。従って、新生により神の方に向きを変えられた魂を持つ人間の労働は、以前の神を信じない場合の労働とは全く変わった別次元のものとなる。新生した人間は、神の方に向きを変えられた魂を用い、その体を通して労働を行う。それは神が意図された純粋な喜びに回復させられた労働の姿である。魂は霊の制御の下で機能するようになる[4]。魂が霊に服するようになると、私たちの心の中には霊的な判断・行動のパタンが展開し、条件付けされるようになる。御霊はこの霊主導の認知行動パタンを実現するため、信仰を息吹き、油を塗り、知恵と力を備えて下さるのである。またあらゆる真理に導びく[16]。私たちは聖霊の力をいただいて、この世における神の代理者となるようにとの指示を受けているのである[4]。

(b) 私たちは聖霊によって聖書の御言葉に目が開かれ、御言葉を良く理解出来るようになる。そのため、私たちは聖書の御言葉にある世界管理という労働の本来の目的に目が開かれ、労働を本来の目的に添って行うようになる。又、私たちの体を通して行う実際的な労働に関しても、聖書の多くの御言葉にその指針が述べられているが、その指針にのっとって魂と体を用いて労働を行うことができるようになる。

(c) 聖霊は人間の生活の中に入ると彼らの霊的な目を開くため、彼らは神の御旨に関する事柄を知ることができるようになる。そして聖霊は人間の洞察力(霊的直感力)を鋭くする。労働をする場合、私たちにはビジョン、使命、プラン等の将来を見ること、将来を予測することが必要となるが、聖霊は私たちの霊的な目や耳を開き、眼に見えないものを見えるようにし、神の御声を聞きやすくし、神の御心から生まれるビジョン、使命、プラン、目標、等を悟ることが出来るようにする。聖霊は私たちの生活に神の意志を伝えるように導く源となるため、聖霊に満たされるとビジョン、使命、プラン等が与えられ易くなり、又いつも神からの語り掛けを受けながら労働を行うようになる。即ち霊を通して神の御声を聞き、この御声の実現に向けて魂と体を用いて労働を行うようになる。

関係論的な労働に対する聖霊の働き(聖化における聖霊の働き)
(a) 聖霊は交わり、祈り、賛美と礼拝の祭壇、等を通して人間と神との関係を強め、人間の良心を敏感にし、この世に罪と正義と裁きとを認めさせる。従って聖霊は私たちが労働を行うとき、不正や不義の誘惑から私たちを守るだけでなく、私たちが不正や不義を正しい方向に向けさせる勇気を与えて下さり、又恐れずに意見をいうことが出来るようにして下さる。即ち霊を通して神の御声を聞き、この御声に従って魂と体を用いて正しい方向で労働を行えるように導いてくださる。

(b) 聖霊は人間に新生を与えて新しくし、きよめ、導き、人間の内に住み、人間の
心の板に書き記す。聖霊の導きのもとで、魂と体を用いて労働を行う具体的な信仰生活を通して、又労働によって信仰の螺旋階段を登るということを通して、私たちは魂の部分に御霊の実を実らせて行く、即ち心の中にキリストの形が造られて行く。信仰生活が実を結ぶのはこのような現実の中においてである。御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実(インテグリティー)、柔和、自制などの神の御性質が人間の人格における品性として表れるものであり、ガラテヤ5:22〜23、魂の部分に結果として表れてくるものである。そして全てのクリスチャンが皆同じものを結ぶようになる。御霊の実は人格に関与する、そしてこの人格が社会で主の働きを回復し、又前進させる。回復された労働はまた逆に人格の形成を助ける[5]。労働の場においては、勤勉さ、誠実さ(インテグリティー)を有することは、大変重要である。

機能論的な労働に対する聖霊の働き(召しにおける聖霊の働き)
(a) 人間が神の召しに応じ、神の働きを進めて行く中で聖霊に満たされる時、魂の部分に力が与えられ、個性、才能、能力が大きく開花すると共に、神の使命を達成するための新しい賜物が、神から一方的に無償で与えられる、「それぞれが賜物を受けているのですから、神のさまざまな恵みの良い管理者として、その賜物を用いて、互いに仕え合いなさい。」(Tペテロ4:10)、その他、ローマ1:11。又、神は労働に必要な熟練をも与えられる。
労働の世界において、キリスト者たちはみなキリストの体の部分を構成しており[4]、一人一人が皆違う御霊の賜物を手段として与えられる。御霊の賜物は本来、教会を建てあげるために与えられるものであるが、礼拝は教会活動の重要な要素であり、労働の本来的意味も礼拝であるので、労働において神の栄光を表わそうとする時に、御霊の賜物が与えられるのは自然である。
出エジプト記35章30〜35節に「モーセはイスラエル人に言った。「見よ。主はユダ部族のフルの子であるウリの子ベツァルエルを名ざして召し出し、彼に、知恵と英知と知識とあらゆる仕事において、神の霊を満たされた。それは彼が金や銀や青銅の細工を巧みに設計し、はめ込みの宝石を彫刻し、木を彫刻し、あらゆる設計的な仕事をさせるためである。また、彼の心に人を教える力を授けられた。彼とダン部族のアヒサマクの子オホリアブとに、そうされた。主は彼らをすぐれた知恵で満たされた。それは彼らが、あらゆる仕事と巧みな設計をなす者として、彫刻する者、設計する者、および、青色、紫色、緋色の撚り糸や亜麻布で刺繍する者、また機織りする者の仕事を成し遂げるためである。」」とあるように、神は人に賜物として力を与え、訓練の機会を備え、時が来るとそれを用いて携わるべき務めに召してくださる[5]。ただし賜物は人を活かすために与えられるものであり、それを単なる能力に置き換えることはふさわしいことではない。
パウロはこの聖霊の特別な働きである賜物を、再生の第三の要素、或いは聖霊の第三の賜物と位置づけ、義認、聖化に次ぐ聖霊の第三の働きとみなした。そして教え、管理、奉仕、寄付、慈善、勧め、等を含むことを明らかにしている[37]。
賜物としては色々なものが挙げられている、「さて、御霊の賜物にはいろいろの種類がありますが、御霊は同じ御霊です。」(Tコリント12:4)、「私たちは,与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っている」(ローマ12:6)。職場で効率的に労働をすることができる御霊の賜物としては、知恵、知識、技能、リーダーシップ、サーバントフッド、スチュワードシップ、企画力、創造力、洞察力、マネジメント力(含 問題解決力、判断力、決断力)、等がある[38]。御霊の賜物に関して、次のことは教会成長[38]のみならず、労働にとっても大変有益である。 (イ) 与えられた自己の御霊の賜物を正確に把握すること、(ロ) 御霊の賜物と、生来のタラント、御霊の実、クリスチャンとしての役割、にせの賜物、等との明確な違いを見極めること、(ハ) 御霊の賜物について洞察すること、(ニ) そして御霊の賜物を用いること。
キングホーン氏[39]は20の御霊の賜物を、(イ) 権能を付与された賜物、(ロ) 奉仕する賜物、(ハ) 異言とそれを解釈する賜物、の三つの類別に沿ってそれぞれ別個に説明している。この20の御霊の賜物の中で、キリスト教信徒が労働の場で用いうるものは、大きくは「助け・仕える(サーバントフッドの)賜物」と「治め・指導する(リーダーシップの)賜物」の二つである。
彼は「助け・仕える賜物」に関して、(イ) 助けること、仕えることは、それぞれ別の賜物であるが、互いに親密な関係にあること、(ロ) 助ける賜物は、他者への実際的な奉仕を通して彼らを慰め、その人達がさらに広範な奉仕を遂行できるようにさせる等、人間そのものに心配りする奉仕であるが、Tコリント12:28、使徒20:35、仕える賜物は、私たちを整えて仕事をやり遂げさせる仕事志向の奉仕であること、(ハ) それぞれの賜物が自分の活動の分野を守っているが、はっきりと単純に、この二つの霊の賜物を分けて考えるべきではないこと、(ニ) 助ける賜物と仕える賜物は人々を重荷から解放し、彼らがさらにキリストに仕えていけるようにしてあげる、そのような奉仕へと私たちを導くこと、等を指摘している[39]。
又、「治め・指導する賜物」に関して、(イ) 治める賜物は、私たちを整えて教会(又は社会における所属団体)の組織化と管理に当たらせるものであること、Tコリント12:28、(ロ) この賜物を持っている人は、各人が無秩序という障害に煩わされないで、自分の職責を果たせるように、大きくなって来る信徒の群れ(又は所属団体の人々)を指導し、組織づくりをすること、(ハ) 指導する賜物を持っている人、ローマ12:8、Tテサロニケ5:12、Tテモテ5:17、は援助のためにリーダーシップをとる人であり、彼は人の必要としているものが見え、その必要に応えてあげるために、信徒の共同体(又は所属団体)の中で統率力を発揮し、人々からの財源や能力を調整し、その必要を満たす人であること、(ニ) 教会におけるリーダーシップは、世俗での理解とは全く対称的である、即ち世俗の考えるリーダーシップは他人を支配するものである、が教会のリーダーシップは他人に仕えるものであること、等を指摘している[39]。
神様が私たちに与えて下さる賜物を、祈りつつ謙遜に用いることを考え努力し、機会を十分に生かすことはとても重要である。ただ、このような御霊の力は、人格と深く結びつくものであり、神様から与えられた賜物を活かすのは、人格的な豊かさを通してなのであるということに注意したい[2]。魂に備えられた御霊の賜物と体とをもって労働を行う時、そこには主の祝福が溢れ、神の使命を達成することができ、大いなる成果を挙げることができることを覚えたい、「もしあなたが神の賜物を知り、また、あなたに水を飲ませてくれと言う者がだれであるかを知っていたなら、あなたのほうでその人に求めたことでしょう」(ヨハネ4:10)、「あなたのうちにある聖霊の賜物を軽んじてはいけません」(Tテモテ4:14)。
『序文』第T章で述べたように、筆者は企業における約30年間のキリスト教徒としての労働を通して、信仰には力があり大いなる助けとなり、労働に対して実際的な効果を有するものであり、又労働生活において大いなる恵みを与えるものであること等を体験した。振り返って見た時、この体験には主からいただいた幾つかの賜物が大きく影響したように思う。与えられた賜物が職場での労働に具体的にどのように生かされたのか、即ち信仰は労働にどのように影響したか、について一つの賜物に関する体験を紹介したい。
勤務していた企業での筆者の仕事(職務)は、新商品の研究開発であった。新商品、しかも研究開発においては、厳しい競争に打ち勝つために、魅力的な新商品コンセプトを創出することが常に要求された。そのために高い創造性を有することが求められた。新商品の研究開発における新商品コンセプトに関して、巻末の図2に研究開発・製品化の一般的なプロセス、巻末の図3に新商品コンセプト形成のフローを示す。新商品の研究開発においては、図2における“コンセプト”の役割が非常に重要である。この“コンセプト”の良し悪しによって新商品の成功、不成功がほぼ決まると言っても過言ではないためである。そのため図3の新商品コンセプト形成のフロー、その中でも特にニーズとシーズとヴィジョンの三つの創造的マッチングの部分は極めて大切である。そしてこの部分でいかに創造性に満ちた斬新なアイディアを出すかが決定的となる。筆者はこの部分で数々の良きアイディアを出すことができ、新商品の研究開発の多くを成功裏に導くことが出来た。その時には、創造の賜物を神様から与えられていたためと思われる。何故なら、いくら考えても良きアイディアが出てこない時でさえ、神に祈ることによって不思議と素晴らしいアイディアが与えられたということを、何度も経験させられたからである。

 

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