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〜信仰による労働の変革〜

アガペコミュニティーチャーチ 門谷 ユ一


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目次


W.信仰による労働の変革

(2)人間論的考察

人間と信仰及び労働との関係における神と人間と外界の家庭・職場・社会などの物質的世界の関係については、神様と人間の関係を中心の層(R1層)とし、その外側に宗教的表現の層(R2層、理念、儀礼、体験、活動、知・情・意を表わす)を置き、更に最外側に日常的表現の層(R3層、個人、教会、家庭、職場、社会、外部との接点を表わす)を置く三層構成が提唱されている。そして、神の目に見える信仰はR1層 とR2層 とR3層の領域、キリスト教徒の目に見える信仰はR2層 とR3層の領域、未信者の目に見える信仰はR3層の領域のみであり、未信者はR3層を通してR1層を知るということが提唱されている[28]。この議論は組織神学における人間論の関係的見方に属する(後述)。しかし、信仰が労働のどのような所に、又どのような形で働くのかについては、この提唱された三層構成の議論においては殆どなされていない。

創世記1章26〜27節に「そして神は、「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。」と仰せられた。神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。神のかたちに彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。」とあるように、聖書の中では人間は神に似せて神によって創造された、と記されている。このために私たち人間には、本来神のかたちが宿っている。即ち人間は他のあらゆる存在とは異なる存在であるとともに、神の反映あるいは模写であり、神を写す存在であるということである。このことはまた、人間において神はこの地上で可視的となりうるということでもある。聖書はこのことを通して、人間は交換不可能な人格的個であり、不可侵の人格的尊厳性を有する存在であるというユニークさを訴えている。  

新約聖書は、イエス・キリストが最高の神のかたちであると語っている。御子は、「見えない神のかたちである」(コロサイ1:15)。それゆえ、人間における神のかたちがどのようなものであるかを知りたいならば、キリストを見る必要がある。キリストの生涯をより綿密に観察して気付かされることは、何よりも第一に神にすべてのことを向けておられたこと、そして隣人にすべてを向けておられたこと、更に自然をも支配されておられたことである。このことから、神のかたちにふさわしい機能には、神にすべてを向けて生きる生き方、隣人にすべてを向けて生きる生き方、そして自然を支配することが含まれていることを知る[25]。

ここで注意しなければならないことは、アダムとエヴァによる罪のために、信仰を持たない人間は堕落しており、自己に宿っている神のかたちを現す事、又それを有効に用いることが出来なくなっているということである。しかし、人間が神への信仰を持つ時に、神との関係が回復し、自己に宿っている神のかたちを現す事、又それを有効に用いることが出来るようになる。

『本文』の第U章1節(1)項で述べたように、神は人を創造されるとき、人が労働することをすでに定めておられたが、それは創世記1章26〜27節の御言葉からも明らかである。労働は神が定められた活動であり、人類に対する神の最初の目的にかなうものである[4]。これらのことから、人間が神への信仰を持ち、神との関係を回復させる時に、神のかたちを有効に用いることができるようになり、結果として労働における回復・変革を行うことができるようになることが分かる。  

ここでは、人間論における「神のかたち論」の枠組み[31][36]を活用し、労働における回復・変革について以下に考察する。エリクソン氏は、人間論における「神のかたち論」の枠組みとして、神のかたちの見方に関して実体的見方(人間の真の性質)、関係的見方(神と人間、人間と人間の関係)、機能的見方(人間がなす事柄)の三つの見方を設定し、人間の中にある神のかたちについての議論を展開している[31]。実体的見方は、かたちを、物質的であれ、心理的であれ、霊的であれ、人間の性質そのものの内部の特定の特徴または資質から構成されるものと考える。かたちは、内在する資質または能力として人間の内部に置かれており、神の存在とその御業を認識するしないにかかわらず、人間の中に存在していることになる。関係的見方は、かたちとは、人間の中に本来的にまたは内在的に存在する何かではなく、人間と神の間、あるいは二人以上の人間の間、の関係を経験することであると考える。機能的見方は、かたちとは、人間が何であるとか、経験とかではなく、人間がなすことであると考える。それは人間がなす機能であり、被造世界に対する統治支配権の行使であると言われることが多い。統治支配権の行使が、神のかたちの本質そのものであるという視点は、改革派の中でときどき“文化命令”と呼ばれるものを大いに強調するもとになっている[31]。

エリクソン氏は、「神のかたち論」に関する上述の三つの見方を個別に評価した上で、かたちの本質に関する六つの結論を掲げている[31]。彼のこれらの六つの[結論]から労働の回復・変革についてどのような[示唆]が得られるかについて、以下に考察する。

[結論1] 神のかたちは、人類に普遍的なものである。
[示唆1]全ての人類が労働の回復・変革の可能性を有する。

[結論2] 神のかたちは、罪の結果としては、具体的には堕落の結果としては、失な
われていない。神のかたちは人間の本質にとって付随的なものや外的なものではなく、
人類と不可分に結びついているものである。
[示唆2]労働の回復・変革の可能性は人類の誰にも必ずある。

[結論3] 神のかたちが、ある人には他の人より優れた程度で存在している、という
ことを示すものはない。高い知能など生まれつきの優れた資質は、神のかたちの存在
や程度の証拠ではない。
[示唆3]労働の回復・変革は、人間の能力や資質には依存しない。

[結論4] 神のかたちは、どんな変数とも関連していない、即ち神のかたちは特定の
条件や活動や状況には限定されない。
[示唆4]労働の回復・変革の可能性は特定の条件や活動や状況には限定されない。

[結論5] 神のかたちは第一義的には実体的なものと考えるべきである。人間である
ということのゆえに、人は神のかたちのうちにある。そのことはそれ以外のものの存
在に依存しない。即ち、神のかたちは、内在する資質または能力として人間の内部に
置かれているのである。これとは対照的に、関係的及び機能的見解は、神のかたち自
体よりも神のかたちの結果または適用に焦点を絞る。関係を経験することと支配権の
行使は神のかたちに密接に結びついているとはいえ、それ自体は神のかたちではない。
[ 示唆5]労働の真の回復・変革は、人との関係を経験することや人への支配権を行
使することからは得られない。

[ 結論6] 神のかたちは、人間を構成するものの中で人間としての運命を成就させる
諸要素と関わっている。このかたちは人格に伴う諸々の力であり、それは人間が神の
ように、他の人々と相互関係を持ったり、考えたり反省したり、自由に主体的に行動
したりできるようにする。神の属性が、神のかたちを構成する。
[ 示唆6]労働の回復・変革は、人格に伴う諸々の力(神の属性)を現す事、又それ
を有効に用いることによってなしうるものである。

上記の[結論]に対する六つの[示唆]から、以下の結論が得られる。
(1)労働の回復・変革の可能性は、全ての人類が有し、又その可能性はどんな人間
にも、誰にも必ず存在する。
(2)労働の回復・変革は人間の能力や資質には依存しない。又特定の条件や活動や状況には限定されない。更に人との関係を経験することや支配権を行使することからは得られない。
(3)労働の回復・変革は人格に伴う諸々の力(神のかたちを構成する神の属性)を
表わすことやそれを有効に用いることによってなしうる。

エリクソン氏は又「神のかたち」の教理が示唆することとして、六つの総括的項目を挙げ、その中で労働に関して次の様に記述している。「学習と労働は善なるものである。統治支配権の行使は神のかたちの結果である。人間は、被造世界を理解し支配し、それ自体のためと神のために、被造世界の潜在能力を究極まで発展させるべきである。これはまた我々自身の個性と能力の上に統治支配権を行使することを意味する。統治支配権の行使が人間に対する神の元来の意図の一部であったことに注目しよう。それは堕落に先行したのである。それゆえ、労働は呪いではなく、神の良き計画の一部である。労働の倫理の基礎は、神が我々を創造したときに意図していた性質そのものに見出されるべきである。」[31]。この記述は、人間が強い信仰を持ち、神との本来の関係を完全に回復させる時に、人間における神のかたちの有効利用を通して労働の回復を行わせ、被造世界の潜在能力を究極まで発展させうることを示している。

以上神のかたちの考察から、労働の変革に関し次のような結論が得られる。“人間が神への信仰を持ち、神との関係を回復させる時に、本来人間に備えられた神のかたちを回復する。そしてその神のかたちを有効に用い、人格に伴う諸々の力を表わすことやそれを有効に用いることができるようになる、即ち人間が神のように他の人々と相互関係を持ったり、考えたり、反省したり、自由に主体的に行動したりできるようになる。その結果として、労働における回復・変革を行なえるようになり、被造世界の潜在能力を究極まで発展させ、大いなる祝福を受けることができるようになる。”

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