「叫ぶ石」

川端 光生


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憎悪は愛の哀願

憎悪は愛の哀願

 「だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が良いと思うことを図りなさい。」(ローマ12・17)

 「私を苦しめる人々の憎悪の理由を知っていますか。彼らは私に愛を求めているのです。憎悪とは、愛の哀願の裏返しなのです。」そんな言葉を誰かの本で見つけた。「そうか、そうだったのか。あの時、あの人は私の愛を求めていたのだ」と、その人のことが懐かしく思い出された。人からきつい言葉を受けたら、「ああ、今、この人は私の愛を必要としているのだ」と思えばいいのかもしれない。
考えてみれば、夫婦喧嘩や親子喧嘩、友人との喧嘩など親しい人との間では、間違いなくそうである。荒い言葉や冷ややかな視線、無視、無言、反抗、皮肉、空中を飛ぶ皿・・・それらはすべて「私を愛してくれ」というサインなのだ。ぶつけられた怒りの言葉やしぐさを丹念に分析していけば、それが分かる。だからそうした怒りや憎しみをなだめる唯一の方法は、愛を返すことである。
キリストも自分を十字架につけた人々の憎悪の理由を知っておられたので、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか、自分でわからないのです」(ルカ23・34)と言われたのかもしれない。事実、キリストと共に十字架につけられていた強盗の一人がこの言葉を聞いて悔い改めた。彼も最初はキリストを罵っていたが、それは自分でも意識せずしてキリストの愛を求めていたのだ。憎悪をぶつけた相手から愛の言葉を聞かされて、初めてそのことに気がついたのだろう。
主よ。「ああ、この人は私の愛を必要としているのだ」と、とっさに思える心をください。

 

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