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川端 光生



Quiet Time

聖書から励ましの言葉
覚えるための聖書
覚えるための聖書

1 −毎日1節の学びー
ヨハネの福音書 
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著者プロフィール

 

1年でどれだけ読めるか

 この16年間、読んだ本の題を書きとめてきた。我ながら、その少なさに愕然とする。私の友人牧師は、この40年間に2万冊を読んだという(7段の本棚を100個以上並べた数)。韓国の三一教会牧師ジョン・ビョンウク牧師も毎年500冊は読むという。ジョン師の場合、1万人の牧会の務めを果たした上の数字だから、驚愕に値する数字だと思う。で、私は何冊かというと、う〜ん、恥ずかしいが、調べてみたら、年平均75冊。しかも、年々減ってきて、昨年は42冊になってしまった(聖書関係32、一般書10)。

 昨年は、読んだ本の「私にとっての価値度」を5段階でつけてみた。つまり読んだ甲斐がどれだけあったかの主観的なランク付けである。5をつけたのが7冊、4が12、ほとんど読んだ意味がないが6冊であった(あくまでも自分にとって)。平均は3弱。5を1冊と考えると25冊しか読んでいないことになる。

 読書量の少ない私の弁では説得力はないだろうが、本はどれだけたくさん読んだかよりも、その本の本質となるポイントをどれだけつかんだかの方が重要である。自分にとって意味のない部分は読まないこと(飛ばし読み)も大切であり、早めに見切りをつけて放棄することはもっと大切である。時間をセーブし、価値度は4以上に上げなければならない。最初の30頁を読んで、感動や何も線を引くところがなかったら、項目だけ見て終わりにする。最後までない確率は90%を越えるからだ。

 以上は、当然、聖書を毎日きっちり読んだ上でのことである。聖書はどこを読んでも価値がある別格の書である。良き信仰書を読むことはお勧めするが、聖書に親しまずに、他の書をどれだけ読んでも虚しい。ただ、聖書も、今日の自分にとっての本質となるポイントを求めて読むほうがいい。主の声を聞くことを求め、教えられようという姿勢は大切で、「一応読んだ」「10章読んだ」といった事実に価値を置かないようにすべきだ。また、聖書全体の流れがわかったときに発見できる「本質的メッセージ」というのもある。今年のあなたにとっての意味と価値のある読み方をして欲しい。


 

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