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川端 光生



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覚えるための聖書
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電車に乗っても座らない主義

若いころ、おそらく30代前半までは、電車に乗っても座りたいとは思っていませんでした。でも今は、できれば座りたいと思います。着座競争に勝とう先を争うことはしませんが、並んで待って席を確保できないとちょっと悔しい感じはします。みなさんはいかがですか。

  先日、40代の男性で、ある目的をもって「敢えて座らない」主義を通している人の話をテレビで見ました。その目的とは、減量です。彼は身長160cm台前半で、体重は90kgを超えていました。その頃は、狭い隙間でもお尻をねじ込んで座っていたといいます。それが、電車で立つことを続けたおかげで、20kg減量に成功したそうです。

  しかし、私の関心を引いたのは、彼の「体重減」ではありません。「心の変化」でした。「敢えて座らない」主義に徹すると、「心にゆとりが出てきた」というのです。最初から座るつもりはないので、競争がありません。「どうぞ、どうぞ、お先に」という気持ちで、先を譲ることができます。その心のゆとりが、電車の中だけではなく、生活全般に及ぶようになり、ストレスが減り、食生活もセルフコントロールできるようになったようです。

  何につけても、人に負けまいと先を争い、心に余裕がなくなった生活の中で、何か一つでも譲ろうという気持ちを持つと、生活全般にゆとりが回復し始めるのですね。あなたも、何か譲ることをしてみませんか。

イエス様は、「だれでも人の先に立ちたいと思うなら、みなのしんがりとなり、みなに仕える者となりなさい」(マルコ9・35)と言われました。そういう者になろうとすれば、心にゆとりが出てきて、視界が開けてくるのですね。人と争って先にたちたいと思うなら、心がぎすぎすしてきます。人の信頼を得たいのなら、進んでしんがりになり、人に仕えることですね。


 

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