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著者プロフィール


ライフワークの発見と実現


黒川知文

「トロイカ人生計画」を立てる

  東京外国語大学大学院地域研究科の二期生として私は入学した。この研究科はまだ新しく、文部省に大学が提出した多領域にわたるカリキュラムに従って学ばさせられた。大学側はこのために、あまりに多くの授業をとらなければならない院生に同情的であった。しかし、学部時代に他の院生と違って、聖書研究会の活動ばかりしていてさほど専門の学びをしてこなかった私にとって、この状況はかえって好都合であった。私はこれまでの遅れを取り戻すべく、貪欲に学んだ。

 地域研究方法論、国際関係論、社会人類学、国際政治学、比較文化論、地域論、国際金融論、アジア研究総論、南北アメリカ研究総論、ヨーロッパ研究総論、ヨーロッパ歴史文化論、ヨーロッパ政治論(イギリス)、ヨーロッパ政治論(ソ連)、ヨーロッパ社会論(ソ連)、ヨーロッパ経済論、アジア社会論、ソ連東欧特殊研究、西ヨーロッパ地域特殊研究、ソ連東欧地域特殊研究、ソ連事情特殊研究など、広い範囲にわたる学びをし、すべて「優」を取得した。修士課程の二年間は、私の人生の中で最も研究に従事した時期のひとつでもあった。実に楽しい学びの時であった。神様が奇跡的に開いてくださった大学院の道であるから、時間を無駄にせずにひたすら学んだ。

 この頃、私にヴィジョンが与えられた。それを私はトロイカ計画と呼んだ。トロイカとは、三頭だての馬車のことである。@研究者、学者として学問に従事すること、A牧師、伝道者として宣教すること、B文学者として小説などを書くこと、これら三つの働きを神の栄光を現すためにするという人生計画であった。壮大なヴィジョンである。しかし、御心なら神様がそのように導かれるであろう。また、そのために私も信仰をもって、努力しなければならない。気落ちした時などは、この人生計画を何度も思い返して、励みとした。

 ところで、当時の大学院には、山之内靖先生と長幸男先生という大塚久雄門下の経済学者がおられた。修士二年の時、山之内先生の下で私は初めて、ヴェーバーの作品を読んだ。『プロテスタントの倫理と資本主義の精神』がそれである。ゼミではこの書を一年かけて学んだ。私は、五月の連休に下宿に閉じこもり、この書のすべての内容をカードにまとめた。カードは七十六枚になった。この書に感動した。そこに私がこれからやろうとしている研究の方法論を見いだしたからである。マルクス的な方法がまだ支配的であった当時、歴史を経済と宗教の観点から実証的に納得いくように研究したヴェーバーの研究を知り、歴史研究者として生きていく確信を与えられた。

 私の修士論文は、ヴェーバーの方法によって、帝政ロシアにおいて発生したユダヤ人に対する迫害運動(ボグロム)の背景を経済的利害状況と民衆の宗教思想から究明したものであった。歴史研究は、史料と方法論によりなされる。いくら方法論をもっていても、史料がなければ何もできない。海外から多くの本を手にいれたが、ボグロムの史料はなかなか見つからない。そこで、先駆的研究をされていた原輝之先生に助言を求めて名古屋へ行った。そこで先生から東大の中央図書館にその史料があることを教えられた。修士二年目の八月に本郷に行き、中央図書館の中で、ついに、茶色に変色した一八八一年ボグロムのロシア語史料を手にした。これで修士論文は書けると思った。

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