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著者プロフィール


ライフワークの発見と実現


黒川知文

神様から与えられた機会

 一九九〇年から九三年にかけ、宗教学演習、現代宗教思想演習、宗教史学演習(文明史と宗教史)、現代宗教哲学の諸問題、葬墓の宗教人類学などの単位を取得とした。
毎週水曜日には、宗教学演習があった。これは、通称、水曜ゼミと呼ばれるもので、大学院生と教員のすべてが出席して、大学院生が研究を発表するものであった。発表者はコメンテーターとペアになり、後者が一週間前に発表内容を紙面で予告し、当日の司会となる。担当者の発表後に代表質問をし、全員討議となるのであった。二時間におよぶこの時間には、豊富な内容の研究発表と、白熱した論議が展開された。三人の教授と二人の助手も積極的に討議に参加した。
教授らと大学院生との区別はなかった。両者は対等に討議した。
「たとえ、相手がどんなに権威のある学者であったとしても、対等な位置に立ち、批判できる者でなければ真の研究者ではない。」これが、東大宗教学研究室の伝統であることを教えてもらった。だから、少々なまいきに思えるような反論を大学院生が、教授にすることもあったが、教授は甘受していた。笑顔さえ浮かべて教授は、また、それに反論するのであった。私はこの伝統に感銘した。
 学問は、自由に批判されることなくして発展しない。批判を拒否すると、一人よがりの研究者になる。自分だけが学者だと思う傲慢な者になる。そういう人は学者ではない。

 

 神様から与えられたこの学ぶ機会。喜びながらこの機会を使わせていいただいた。  

 

安田講堂
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