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著者プロフィール


ライフワークの発見と実現


黒川知文

法律の学びと歴史研究

 一九九四年は個人的には試練の年であった。詳細は特に秘すが、この試練をのりこえるためには法律を学ぶ必要があると思った。そこで法律の専門学校に通い、憲法、民法、刑法の基本を学ぶことにした。 
 高田馬場にある最大手の法律学校に一年間通った。毎週火曜日と金曜日の午後四時半から十時まで。夏休みも祝日にも授業があった。補講もかなりあった。もし講義を聞けなかったら、ビデオでその講義を受けることができた。
 講師は現役の弁護士。生徒は司法試験合格をめざしているので、皆真剣である。ほとんどの生徒は学生であり、机にカセットテープを置いて講義を録音していた。講義中は物音ひとつしない。一年間通ったが、ついに私は生徒の誰とも話をすることがなかった。それほど真剣な雰囲気の中での学びであった。
 講師は、わかりやすいテキストを使用して、時折、実際の裁判の経験を交えて、憲法や法律の基本的知識を教えてくれた。
 法律の学びは試練を克服することだけでなく、歴史研究にも役に立った。たとえば、特定の法律の解釈にはいつも複数の説がある。それらの説の問題を指摘して通説と判例に基づく説の正当性を考察していくやり方は、歴史研究にも応用できるものである。ある出来事の解釈は複数あり、それらの善し悪しを検討していくのは、法解釈と何ら変わらないものである。
また、日本の憲法や法律は欧米法を基本としている。したがって聖書の思想に基づく欧米法を日本は使用している。聖書のいう隣人愛が日本の法律の中でも具体化している。法律には愛があることを知ったのは大きな収穫であった。
 私には弁護士になる内的促しはない。司法試験を受ける思いもない。もし受けて、万一合格したとしても司法修習生の二年間は国家公務員となるために、大学の教員は教職を退かなければならない。私の使命は大学教員として歴史を研究することと学生への伝道にあるので、法律学校においては憲法と法律の基本を学ぶことにのみ目的をおいた。
夏が過ぎて、いよいよ本格的に論文を執筆する秋になろうとしていた。

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