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著者プロフィール


ライフワークの発見と実現


黒川知文

シュヴァイツァーに学ぶ   >>シュヴァイツァーの生涯(PDFファイル)

5 誰のための人生か

 人は誰のために生きたらよいのであろうか? この問いに対して、日本人にとって答えは二つしかない。自分のためか、他者のためである。
  人生を他者のために生きることはできない。結局、人は自分のために生きるものだ。他者のために生きて、それが何になろう。自分の評判のためには、ある程度他者のために生きることは出来るかも知れない。しかし、それは余裕がある時だ。
  夏目漱石は『私の個人主義』の中で、この問題について論じている。
  「一口でいうと、自己本位という四字をようやく考えて、その自己本位を立証するために、科学的な研究やら哲学的の思索に耽り出したのであります・・・・私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました。彼ら何者ぞやと気概が出ました。今まで茫然と自失していた私に、ここに立って、この道からこう行かなければ鳴らないと指図をしてくれたものは実にこの自我本位の四字なのです」(『私の個人主義』講談社、1978,135-6頁)
  漱石は、イギリス留学の体験から、「他者が幸福のために個性を勝手に発展するのを、相当の理由なくして妨害してはならない」(同、144頁)という条件における、自己本位、すなわち個人主義を提唱した。高校時代の私は、この考えに賛同して、変化させた。特別に確立した個人なら、他者を無視して、ひたすら自分を高めることが、ひいては他者のためになるのではないのか。
  しばらくは、この考えで生きることが出来た。だが、すぐに壁に突き当たった。このような個人主義は、エゴイズムとかわらないのではないか。
  そういう時に、30才までは自分のために、それ以降は他者のために、というシュヴァイツァーの生き方を知った。私は深く感動して、眠ることが出来なかった。是で人生の謎が解けて、生きる希望が得られたと思った。だが、夜が明けると、いつもと変わらない喜びのない日が待っていた。
  人は、自分のためでもなく他者のためでもなく、神のために生きる時に、真の喜びと生き甲斐を持つことが出来る。初めて教会の礼拝に出席して、宣教師の語る説教のなかの福音にふれて、私は大きく変えられた。
  シュヴァイツァーはすでに幼少の頃から神との交わりの中にあり、神のために生きることを前提としたライフワークを21才の時に発見したのである。

 

シュヴァイツァー

(シュヴァイツァー)


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