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著者プロフィール


ライフワークの発見と実現


黒川知文

シュヴァイツァーに学ぶ   >>シュヴァイツァーの生涯(PDFファイル)

12 結婚への導き

 1911年12月、シュヴァイツァー外科の試験に合格して医科過程を終えた。そして医学博士論文作成に従事した。1912年の春には、アフリカ出発のために大学講師と牧師の職を辞任した。長年従事した職を辞すのは、シュヴァイツァーにとりかなり辛い経験であった。以下のように述べられている。
  「もはや説教もせず、もはや講義もしないと言うことは、わたしにとっては悲しいあきらめであった。わたしはそののちアフリカへ出発するまでのあいだ、聖ニコライ教会や大学のそばを通るのを、できるだけ避けた。それというのも、もはや二度と帰りゆくことのないこれらの働き場所を目にとめるのさえ、わたしにはつらかったのである。」   (同、122頁)
  しかし、このような状況の時、シュヴァイツァーは6月18日に結婚した。相手はシュトラスブルク大学歴史学教授の娘であるヘレーネ・ブレスナウである。
  二人は既に大学のサークルで知り合い、政治や人生について語り合い、またサイクリングなどで楽しんでいた。さらに、シュヴァイツァーが過労の時やに精神的に落ち込む時にはヘレーネが慰め励ましていた。ヘレーネはシュヴァイツァーの説教に関しても意見した。
  ヘレーネはシュヴァイツァーより3歳年下であるが、「25歳以降は不幸な人々のために奉仕したい」と考え、すでに教師の資格を得て、看護師養成所にも通っていた。シュヴァイツァーは「30歳以降は人類への直接奉仕」をライフワークとして決めていた。
  したがって、ふたりの人生目標は一致していた。このことを知って、二人は急速に親しくなり、神の導きを確信して結婚に至った。
  結婚後もヘレーネは、シュヴァイツァーの博士論文の原稿の整理や校正を手伝った。シュヴァイツァーは以下のように記している。
  「妻は、既に結婚まえから原稿の浄書や校正の大切な助手であったが、いままた、アフリカへ行くまえにかたづけなくてはならない著作のためにも、非常な手助けとなった。」                           (同)

使命の一致と神の時

 シュヴァイツァーの結婚から学ぶ事は、第一に、結婚における使命の一致である。神から与えられた人生を何のために用いたいのか。ライフワークが同じ者が結婚すれば、神にとって大きな力となる。共通の問題や悩みを話し合えることが出来、たがいに励ますことも出来るからだ。医者と看護師というのは理想的な組み合わせである。私事になるが、私の妻は高校教師であり、私とは教育という共通の使命を持っている。そのために互いに助言出来る。これは恵みである。
  第二に、神の時についても考えさせられる。
  「天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある」伝道者3:1
  「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」伝道者3:11
  シュヴァイツァーの準備期間が終わろうとした時に、ふさわしい伴侶が見いだされた。ふさわしい時にふさわしい伴侶。これは明らかに神によって備えられた結婚である。 終生、シュヴァイツァーはヘレーネを愛した。



 

シュヴァイツァー

(シュヴァイツァー)


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