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著者プロフィール


ライフワークの発見と実現


黒川知文

シュヴァイツァーに学ぶ   >>シュヴァイツァーの生涯(PDFファイル)

14 「生への畏敬」

ライフワークを間違いなく発見しても、それは簡単に実現されるものではない。実現に至る途上に、神はあえて障害物をおかれる。障害や試練に直面して自らの弱さを知らされ、神にたよるようになる。実現するのは自分の力ではなくて神の力であることに気づかされるのである。
試練の時はまた、多産の時でもある。新しい局面を見、新しい発想が与えられる。
アフリカのランバレネに到着した1年後の1914年8月5日に第一次世界大戦が始まった。フランスの植民地に棲むドイツ国籍のシュヴァイツァーは捕虜として監視され、拘禁生活を余儀なくされた。ライフワークがやっと実現したと思えた直後のことであった。 

「病院での仕事が禁じられると、わたしはまずパウロについての著作を完成しようと考えた。ところがたちまち、数年来、念頭に去来していたべつの題材が、いま戦争に直面して切実なものとなってきた――われわれの文化の問題が、すなわちそれである」(157頁)

ランバレネは医師を必要としていたために、11月末に拘禁は解かれたが、第一次世界大戦が開始されて以来、シュヴァイツァーは文化の問題に取り組んだ。
文化の衰退の結果としての戦争が荒れ狂っている。文化の破局は世界観の破局に起因する。戦争により「世界・人生否定の世界観」が世界を支配し始めている。これではいけない。これに代わる「世界・人生肯定の世界観」は新たに生まれるだろうか。これまで西欧の近代的思想は確かに「世界・人生肯定の世界観」であった。だが、それが今では、本来の倫理的性質を失ってしまって未曾有の規模の戦争を招いた。文化の衰退は、これまでの伝統的な西欧近代の世界観の喪失の結果である。既存の「亜流の文化」では解決にはならないし展望もない。
このように煩悶していたころ、天啓のごとく新たな発想がシュヴァイツァーに与えられた。
1915年8月、婦人宣教師ペロ夫人の治療のために、200キロメートル上流にあるンゴーモル村へ行くことになった。小さな蒸気船は川を緩やかに遡っていった。シュヴァイツァーは、甲板に腰をおろして文化の問題について考究した。この時に新たな考えが浮かんだ。

「三日目の夕がたに、ちょうど日没のころ、カバの群れのあいだを舟が進んでいたとき、とつじょ、それまで予感もしなければ求めたこともない、『生への畏敬』ということばが心にひらめいた。鉄のとびらがひらいたのである。やぶのなかに道が見えてきたのである。ついにわたしは、世界・人生肯定と倫理がともに包含される理念にと到達したのである!
ついに、倫理的な世界・人生肯定の世界観がそれの文化理念ともども思索のうちに基礎づけられたことを、わたしは知ったのである」(168頁)

 

シュヴァイツァー

(シュヴァイツァー)


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