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著者プロフィール


バイブルメッセージ   

−わたしたち人間の能力ではできない仕事を、あえてさせてくださる神−

森正行氏

5.神はどんな仕事をさせるのか?

 

次に、「わたしたち人間の能力ではできない仕事を、あえてさせてくださる神」はどんな仕事をさせてくださるのでしょうか?

このことは、一人一人にとっては事前に、具体的にわかることではありません。なぜなら、神様が私たちのために計画されていることは、人知を超えているからです。次の言葉にあるように、どんなに考えても、考えつかないものだからです。

わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。・・主の御告げ。・・

天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。

イザヤ55章8〜9節

あなたがたが…人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。どうか、私たちのうちに働く力によって、私たちの願うところ、思うところのすべてを越えて豊かに施すことのできる方に…

エペソ人への手紙3章19〜20節

 ただし、聖書に記されている言葉や物語の実例、これまで神とともに歩まれたクリスチャンの体験談などから、神が働かれると、どんな仕事をさせるのかについて、幾つかのことが掲げられます。そのことについて触れたいと思います。

(1) 斬新なアイデアに基づく仕事

1.異なる視点によって生まれるアイデア

 聖書の神様を信じ、聖書の言葉を学んでいくと、物事を見る視点が変わっていきます。それまでは人間の視点、自分の視点で物事を見てきた生き方が、愛に満ち、全能の神がどのように世の中を見ておられるのか、という神の視点で物事を見ることができるようになるからです。聖書には次のような言葉があります。

こういうわけで、私たちはそのことを聞いた日から、絶えずあなたがたのために祈り求めています。どうか、あなたがたがあらゆる霊的な知恵と理解力によって、神のみこころに関する真の知識に満たされますように。また、主にかなった歩みをして、あらゆる点で主に喜ばれ、あらゆる善行のうちに実を結び、神を知る知識を増し加えられますように。

コロサイ人への手紙1章9〜10節

 これはパウロのコロサイの教会の人たちに対する祈りですが、クリスチャンが「あらゆる霊的な知恵と理解力によって、神のみこころに関する真の知識に満たされ」るようになることを信じて祈っています。クリスチャンは神のみこころに目を向け、神のみこころをより深く知っていくことが望まれているのです。この祈りのようなクリスチャンに成長し変えられていくと、他の多くの人々とは異なる視点で物事を見、考えていくようになります。

 もし、そのようなクリスチャンがビジネスマンや事業者であるならば、自らのかかわる仕事や分野、職場に対して、他の多くの人々と異なる視点で見つめ、考えることができるようになり、そこから新しい視点、アイデアが生まれることがあります。

 ただ自分の会社の発展だけを目指したのではなく、聖書の教えから街全体の発展を目指して油屋熊八には、他の経営者とは異なる斬新なアイデアが次々と生まれました。

 石井十次も、孤児の貧困を支援するだけの救済事業ではなく、神の愛の教えに基づき、孤児の将来の自立に至るまでの支援事業を目指したとき、斬新なアイデアが次々と生まれました。

2.神の導きによって生まれるアイデア

 ミサワホーム中国且ミ長の正野隆士氏や元カネボウ薬品渇長の三谷康人氏は、絶えず聖書を読まれ、神とともに歩まれてこられました、その体験談に目を向けると、斬新なアイデアによって事業に取り組まれ、売り上げが伸びていったことや経営が安定していったことが記されています。

 聖書をよく読まれ、神のために自らの人生をささげていかれるようになった経緯が両氏にはあります。ですから先に述べたように異なる視点で物事を見つめ、知恵を働かせてこられました。しかし、クリスチャンが神の導きを祈り求め続けていくと、ただ視点が異なるからだけではなく、神の導きによって斬新なアイデアに遭遇することもあります。

パートナーの何気ない言葉や友人の助言から、また何よりも聖書の言葉を静かに読んでいく時、聖霊の働きによって、今まで思い浮かばなかった構想やビジョン、知恵が生まれてくるのです。

 三谷氏は50歳にして初めて営業の現場責任者として抜擢され、どのような方針を立てていけばよいのかわからないままキリスト教の聖会に出席し、神の導きを祈り求められました。この時、聖書の言葉に基づく勝利の確信とマーケティングの良きアドバイザーに出会えたことから、今までにない営業戦略を打ち出し、何倍もの売り上げと、信頼を勝ち取られました。三谷氏は後に、こうした「タイミングの良い出会いも、主の導きと恵みであったと思う。」と述べられました。

 正野氏は、会社が赤字経営に陥った時、経営者となり、業績悪化の中で神の導きを祈り求めていかれ、「いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である」(コリント人への手紙第一13章13節)の言葉がはっきりと示され、合理化策の常道であるリストラ策ではなく、社員解雇をしない「全員参加の愛の経営」策を打ち出され、一致と安定、高収益会社に一変したと述べられています。

3.神の導きによる不思議なプロセス

 旧約聖書のヨシュア記5章から6章を見ると、神はエリコの城壁都市を陥落させるために、ヨシュアやイスラエルの民たちに対して、神が導かれた方法は、攻めるのではなく、ただ町の周囲を命じられたとおり七日間、周らせることでした。神の命じたことに従うことによって、城壁は崩れ落ち、都市は陥落しました。

 ヨハネの福音書9章1〜7節では、生まれた時から目の見えない男性がイエス・キリストに出会い、目が見えるようになりました。この時に、キリストがこの男性にしたことは次のとおりです。

イエスは、こう言ってから、地面につばきをして、そのつばきで泥を作られた。そしてその泥を盲人の目に塗って言われた。

「行って、シロアム(訳して言えば、遣わされた者)の池で洗いなさい。」

いずれも神の導きは、全く不思議としか言いようのないものでした。目が見えるようになるために泥パックをするなど、科学的根拠はなく、道理に合わない方法でした。これらのことはアイデアと言えるのかどうか、わかりませんが、1回限りのものでした。しかし神は、事業の実現のためには、不思議なプロセスを、物事の道理に合わない方法を取られ、命じられることもあります。今日も神は事業の実現のために、道理に合わない、不思議な方法を命じられることがあるでしょう。

共通して言えることは、それが道理に合わなくても、神が言われたとおり、キリストが言われたとおりに従った時、昔も今も、思いもしなかったことが起こるのです。

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