Back No <1> <2> <3> <4> <5> <6> <7> <8> <9> <10> <11> <12> <13> <14> <15> <16> <17> <18> <19> <20> <21> <22> <23> <24> <25> <26>



著者プロフィール


バイブルメッセージ   

−わたしたち人間の能力ではできない仕事を、あえてさせてくださる神−

森正行氏

個人的な体験・神の恵みの証
(2) クリスチャン事業家・正野隆士社長との出会い

正野隆士社長との出会い
神学校卒業後、私は所属していた日本イエス・キリスト教団からの辞令により、岡山県の岡南(こうなん)教会へ伝道師として派遣されました。伝道師としての派遣といっても、まだ未熟な者の訓練のためでした。鈴木一郎牧師(現在:岡南教会名誉牧師)ご夫妻の寛容な愛の中で、また整えられた教会員の方々の下で、模範的なクリスチャンの姿を間近に見つつ、大切なことを教えていただきました。
その岡南教会に、教会員であり教会役員でもある正野隆士社長(現在:ミサワホーム中国(株)代表取締役会長)がおられました。
当時、岡山市内にあるミサワホームのディーラーであるミサワホーム・アイ(株)の代表取締役社長をされていました。

衝撃的な証
私が岡南教会へ派遣されて間もなく、あるユース向けのクリスチャン集会にて、初めて正野社長の証を伺いました。
その証・体験談を聞いていた時、私は大きな衝撃と感動を得ました。
そのひとつは、仕事と聖書の言葉とは、密接に係わりのあるものだという発見でした。
もうひとつは、私たちの仕事に、神様はこうも密接にプライベートに係わってくださるのか、という発見でした。
そして、さらに感動したことは、人間のピンチの時に働かれる神の逆転劇の数々の物語でした。
また、正野社長は、自らの自己中心なエゴや弱さ、失敗も、赤裸々に話され、神に栄光を帰される話し方に、私は深い信頼を持つようになりました。
証を聞きながら、私は自分のこれまでの社会人クリスチャンの姿と照らし合わせ、「私は、聖書の言葉やクリスチャンとされていることの恵みに対して、なんと無知であったか。クリスチャンの生き方は、職場においても聖書の言葉をどう捕らえていくかで、結果がこんなにも異なってくるのか。」と思い知らされました。
また、それまで少なからず壮年クリスチャンの方々と接してきましたが、職場という社会において、これほどまでに具体的で幾つもの神の働きがあったという証は、他の方々からは聞く機会をあまり得ませんでしたから、私を含めて、クリスチャンは社会でどのように生き、どのように仕事をしていけば良いのか、わからないままの人も多いのだろうなぁと思いました。
私自身は社会人クリスチャンとして、敗北的な者でしかなかったこと、しかしまた、正野社長の生きた神の働きの証を聞く機会を得たこと、そして、私の心の中に生まれた衝撃的な感動は、後に、「私は牧師として社会人クリスチャンへの支援のお手伝いをしたい」、と祈るようになりました。

正野社長の証を聞いた後、証の録音テープが販売されたので、私はそれを買い求め、その後、何度も繰り返し、聞きました。そして、若い青年たちには、そのテープをダビングして聞いてもらいました。

正野社長ご夫妻は、おしどり夫婦でした。自宅ではガレージを改造され、教会の伝道所・教会学校分校として用いられ、正野としの夫人と教会の婦人たちが協力されて、毎週、多くの方々を招き、集会が開かれました。
私はその集会へ、二週間に一度、メッセンジャーとして招かれ奉仕をさせていただき、ご夫妻とは3年間、暖かな交わりをいただきました。

神の言葉から始まる職業観
正野社長の姿を通して教えられることの大切な一つは、神の言葉から職業観を得られている、ということでした。
ややもすれば私たちは、自分の仕事の助けのために、自分の仕事をなんとかうまくこなすために、聖書の言葉の助けを得たいと望むことがありますが、この場合、職業観は依然として、自らの職業観に立ったままで、自らの願いを神に申し上げていることが多く、神の御心とマッチしたものではない場合があるように思われます。
しかし、「職業観」は仕事に対する根本的な心のあり方ですから、正野社長がそこから神に祈り求めていかれたことは、健全な社会人クリスチャンの道のりを走るために、良いスタートラインに立たれた出発なのだと私は思います。

詳しくは、このBible Movement Partnersのトップページの下段に正野社長の対談のビデオがありますので、そちらをご覧ください。

以下は、以前「百万人の福音 1995年1月号」(いのちのことば社)に掲載された正野社長の証の抜粋です。

 兄に勧められて読んだ内村鑑三の『後世への最大遺物』も、私の職業観に衝撃的な転換をもたらしてくれました。タラントを何倍にも増やした人を、イエスさまはほめられた。だから、主にあって事業を経営し、儲けることは、すばらしいことだと教えられたのです。
(主よ、たとえ一タラントであっても会社を経営し、儲けて神さまと人とに仕えたいのです。みこころならば事業経営の道を開いてください)
祈り出して一年半後の67年、勤務先の元の上司から、「岡山でミサワホームの代理店を設立したので、経営に加わらないか」と誘われました。
これは祈りの答えだと直感し、68年1月に入社。しかしなにぶんにも創業半年目と日が浅く、資金繰りや工事進行の面でスムーズに流れず、クレームも続きました。
ある時など、今晩中に受注成約できないと、翌日百万円の手形が決済できず倒産する、という大ピンチに直面しました。しかも仮にその晩成約できても、その後倒産したらお客様に申し訳ありません。いったいどうしたらいいのだろう…。迷った私は、神さまの胸にむしゃぶりつかんばかりに祈りました。
その時、「下には永遠の腕がある」(申命記33:27)とのみことばが臨んだのです。
(そうか。神さまが責任をもってくださるのだ。最善を尽くしたうえで、万一倒産した時には、一生かかってもいいから、お客様に契約金をお返ししていこう)
心には、まったき平安が与えられ、その晩、後にも先にも経験したことのないほどの、力強いセールス話法が腹の底から湧き上がってきて、二件も成約できたのです。こうして、危機一発のところで倒産を免れたのでした。

創業時、全社員5人でスタートした会社は、のちに380人へと増え、岡山県下の業界では売上高230億円とトップの座を保ち、全国150社のミサワホームディーラーの上位五社に入るまでになりました。しかしその途上では、何度も困難に直面しています。
私にとって最大の危機は、創業15周年を迎えるという82年7月、創業社長が急性膵炎で倒れ、わずか三日後に急逝した時でした。組織が確立しないうちに事業を拡大したところに、石油危機が尾を引き、赤字経営に陥って、改革の手を打つ矢先でした。
専務取締役だった私が社長に就任したものの、途方に暮れてしまいました。私はそれでも、危機感が社員の内部結束を固め、弔い合戦のつもりでみんなががんばってくれることを願い、あてにしていました。ところが、業績は下降の一途をたどるばかりです。
私はそんな社員たちに不信感を抱きました。そのとき祈りの中で、「鼻から息の出入りする人に、たよることをやめよ」(イザヤ書2:22)とのみことばが示され、目が覚めました。私は社長としてのビジョンがないまま、社員を頼っていました。社員にしてみれば、そんな私がトップに立つ会社の将来に不安をもち、腰を据えてがんばる気持ちが起こらなかったのは当たり前なのです。
それ以来私は、毎朝四時から2時間、寝床の上でみことばを読み、祈り、「全員参加の愛の経営」のビジョンと具体的な戦略を次々と示され、実践へと導かれていきました。
赤字経営を立て直す場合、業績の悪い社員を解雇するなどの合理化策は、経営の常道です。しかし、″神の国″という会社の社長であるイエスさまの命令になかなか従えず、つい自分の利益を第一に考えがちな私自身、神さまの目から見るなら、懲戒解雇されてもしかたのない劣悪社員にすぎません。そんな者が、イエスさまの十字架のあがないゆえに赦され救われ、恵みの中に入れられている。そう思うと、どうしても社員の解雇に踏み切れません。
しかしそうなると共倒れは必至です。損得を優先すべきか、神の愛を優先すべきか。二者択一に迫られ、ジレンマの中で進退きわまった私に、次のみことばがくっきりと示されたのです。
「いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である」(Tコリント13:13)
私は倒産を覚悟の上で、解雇しないという信仰者の道を選びました。
自分の事業、自分の人生を賭けなければ、人を愛するなどということはできません。まさに、愛の実践とはいのちがけなのです。だからこそイエスさまは、十字架上でいのちを捨てなければなりませんでした。この聖書の真理を、会社の危機の真っ只中で教えていただきました。
その結果、会社はどうなったでしょうか。予想もしていなかった奇跡が起こったのです。社員たちは、この社長ならついていこうと思ったのでしょう。愛はメンバーの一致をもたらし、そこから新しいいのちが生まれます。業績はぐんぐん伸び始め、わずか2年で2億円もの赤字を解消し、高収益会社に一変してしまいました。
ビジネス界も人間の社会も、損得第一に判断し動いています。しかし、いつまでも残る会社をつくりたかったら、いつまでも残るもの=神の愛に土台を据えることです。

 

正野社長は、なによりもご自分の人生を神にささげた人でした。
また、聖書の言葉に目をむけ、聖書の言葉に立ち、そこからビジネスについて黙想していかれる人でした。
そして、礼拝も、教会の奉仕も、家庭も、仕事も、大切なものはすべて大切にされていく人でした。
さらに、社会から信頼される人でした。
これは誇張ではなく、実際にお会いすればわかります。

「人生は出会いによって変わる」とも言われますが、正野隆士社長との出会いは、私にとって、そのひとつでした。もし、このような出会いがなければ、私はこのBMPで書き綴ったようなバイブル・メッセージは生まれてこなかったのではないかと思います。
クリスチャンは模範的なクリスチャンと出会うことが大切だと思いました。

私が今住んでいる宮崎は「陸の孤島」と言われています。関西出身ですので、大阪・神戸では色々な集会に参加し、多くの方々のメッセージや証に触れました。しかし、宮崎のような地方では関東や関西ほどそのような機会はありません。
正野社長と初めてお会いしてから約10年後、元鐘紡(株)専務取締役・三谷康人氏とともに正野社長を宮崎にお招きし、地域教会のご協力をいただき、公共のホールをお借りして宮崎の社会人の方々へのクリスマスプレゼントとして、自らの職業の体験から福音メッセージを語っていただきました。(その時のビデオ録画がこのBiblical Management Plazaのトップページの下段に「Businessは真理適応業と題してUPされています)

それは宮崎の多くの方々にも、模範的なクリスチャン社会人を紹介したかったからです。

 

top

Copyright (C) 2004 e-grape Co.LTD. All Rights Reserved.