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著者プロフィール



こころと魂の健康
 
 

渡辺俊彦氏

怒りの処方箋(1)

 私たちの教会から自転車で10分程行ったところに大きなお寺があります。そのお寺の入り口の掲示板に「怒りは敵と思え」と言う文書が訓辞のように貼ってありました。数日後、サンデー時評を読んでいると、「殺人列島になってしまいそうだ」という記事を目にしました。内容を要約すると次のようになります。殺人は昔からあった。しかし、最近はどこか違う。50歳の若い祖母がたわいない理由で孫を殺す、などという事件はかつては絶対になかった。小憎らしい孫がいて、折檻することはあっても、命を奪うところまではいかない。しかし最近は、低年齢化する殺人事件や傷害事件の増加、怒りをコントロールできずに殺人犯になってしまう人々が増えてしまった。日本はいったいどうなってしまったのか、というのです。

 私たちは、時に怒りの感情にコントロールされていると感じることがあります。そして、不安と多くの不健康な罪意識で悩むことがあります。怒りを否定的なものとして心の中に抑圧している傾向が強いからです。この状態のままで生活している人は、いつになっても情緒的に未熟で、成長できないばかりか様々な問題を起こします。それは、情緒的、精神的、肉体的な問題や人間関係が円滑に進まない原因となって現れます。多くの人々は、自分の内側に怒りの感情があることに気がついていません。気がついても吟味もせず放置しています。

 このような方がおられました。一人で自分の部屋にいる時はよいのですが、一歩町に出ると程度の差はあれ、イライラしてしまうのです。しかも、時々ではなくいつもなのです。前を行く人の歩くスピードが遅い、また私の前に無神経に入って来て進行を妨げる、私に向かって歩いて来る人は、ぶつかっても「すいません」「ごめんなさい」とも言わないなどとイライラしています。自転車を使用する時も歩いている時と同様にイライラします。電車に乗れば周囲の無神経さにイライラしています。ある時、電車の中で怒りが爆発し、隣の人の足を思いっきり傘の先端でたたいてしまいました。また、怒りのあまり意図的に人にぶつかったり、自転車で道をふさいだりしてしまう日々が続くようになったのです。
  やがてこの方は、自分の内にある怒りをどのように処理したらよいか分からずに苦しむようになりました。いつも人々に対してイライラし不愉快な思いをしていました。このような状態は不健康であることが分かります。しかし、怒りの処理の仕方を知らないのです。当然です。私たちは、怒りの処理の仕方を学んでいないのです。怒りをどのように理解し、対応したらよいのか誰も教えてくれません。

 さて、自分の怒りに対して肯定的な態度を身につけ、それを受容できるようになることは大切なことです。自分の怒りを受容できるようになると、他者の怒りの感情に気がつき受容することができるようになっていくからです。すると、怒りは人間にとって大切な感情であることが分かります。怒りの感情の大切さが分かったら、怒りの感情を受容しながら対応し表現することを学んで行けばよいのです。すると、具体的に「何を怒っているのか」「誰に怒っているのか」が分かってきます。その結果、非合理的な怒りと合理的な怒り、不当な怒りと正当な怒りを見分けることが出来るようになるのです。この見極めを身につけ、上手に、適切な時や場所を選んで適した方法で表現するようにすればよいのです。
  私たちの怒りは、私自身の持ちものです。私たちは、その怒りの事実と結果に責任を取らなければなりません。私たちは、怒りという感情を自分でコントロールすることが可能なのです。

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